穴が開いた世界

詩野ユキ

第1話 穴だらけ

 明日世界が滅んで欲しいとそう願ったことがある。非日常な世界に迷い込めたら毎日を刺激的に過ごせて楽しそうだと思ったから。

 それはまさしく荒廃した街という状態だった。以前は、太陽の光を反射して凛々しく反り立っていたビル群も、その面影は消え、窓ガラスは割れ、壁には乱雑なスプレーによる落書き。柱が折れて隣のビルに倒れ掛かっているものもある。ビルの周りには、今もポロポロと小さな瓦礫が落ちてきていた。


 俺はスクランブル交差点の真ん中に立っていた。昔は人が溢れ定員オーバーあたり前だったスクランブル交差点も自分以外の人の気配はなく、自分の足音はまるでトンネルの中にいるかのように、タン、タンとよく響く。

 そして少し歩くと足下から地面が消えて、黒一色の景色となる。

 俺は底の見えない真っ黒な穴の上に浮かぶように立っていた。

 自分の胸に手を当てる。心臓の鼓動は問題なく、一定のリズムを刻んでいる。

 そのはずなのに、心のパーツが足りないようなこの感覚はなんだろう。


 20××年×月×日

 世界のいたるところに突然大きな穴が出現した。それは一瞬の事だった。

 地面ががぐらぐらと揺れて、穴が出来た訳でなく。何の音もたてずに、水たまりに広がる波紋のようにすーっと穴は広がった。穴は300メートル以上の巨大なものもあれば、人ひとり分程度の大きさの穴もあった。

 こんな天変地異にも等しい出来事が起これば、世界が騒然となることは想像に難くない。

 しかし、世界はとても静かだった。まるでそう決まっていたかのように、この穴に恐怖の声をあげるものはいなかった。

 どころか、沢山の人が自ら穴の中に落ちていった。それは文字通りに。

 穴の前に立ち、崖の上から飛び降り自殺する時みたいに、世界のいたるところで、沢山の人が穴の中に消えていったのだ。俺の親も友達も学校の先生も、俺の知り合いは殆ど穴の中に消えた。

 ただ自殺とは違い、穴の中に落ちていく人はなぜか皆幸せそうな笑みを浮かべて、穴に落ちていくのだ。

 幸せそうに、気持ちよさそうに。

 だから俺も穴に近づいた。穴のギリギリに立ち、つま先を水面につけるかのように、ゆっくりと穴に伸ばした。足を震わせながら近づけていく。そして、穴の中につま先が入る、といった時。

 足先には地面と変わらない硬い感触が伝わってきた。俺の方足はどう見えても穴の上にある。幻覚かと思い、覚悟を決めて両足で穴に向かって飛ぶ。

 足の裏にはジーーンと確かな感触が返ってきた。足元は真っ黒、俺は穴の上に浮いていた。

「……どうして」

 穴には落ちることの出来る人と落ちれない人がいる。

 世界のいたるところに穴が出現した日から、世界はずっと曇り空だった。


 

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