Rabbit & Turtle Side Yuzuki

 孝姉の背中を見ながら走るのに慣れてしまっている自分が嫌い。


 先行と後追いを入れ替えて既に二本。付いて行けてはいるけど孝姉のライディングにはまだ余裕が感じられる。田んぼでゆらゆら揺れている何かのようなホラーライディングはいつ見ても気味が悪い。追い抜かないルールだけど、もし抜こうとしても挿せるポイントは思いつかない。


 三本目、登り。孝姉先行。

 あまり走り込んだことのない椿ラインだけど、少しずつ見えてきた。


 中盤の左から右と続く連続コーナーで孝姉のドゥカティが二本目よりもインベタで攻める。孝姉にしては珍しいミス。この速度でそのラインだと次の右を抜ける時に大きく膨らむ。

 私は的確に減速して一旦孝姉と距離を開ける。だけど次の右の立ち上がりでお尻頂いちゃいます!


 ……だけど現実では孝姉のお尻は離れていく。ドゥカティ748Rは速度を落とさないまま右コーナーアウト側から強引にテールスライド、フロントでカウンターを当てて減速と向き変えを同時に行う。タイヤが強烈なスキール音を発して出口へ加速しながら抜けていった。


 以降、遅かったり、極端に速かったりと孝姉のライン取りはめちゃくちゃ。極端に離されはしないけど、追いつけないまま三本目を終えて休憩ポイントに入りメットを脱ぐ。孝姉がブルブルと頭を振っている。私はその様子を見ながら汗ばんだ髪を耳に掛けた。


「何アレ?」

 最初の曲芸の後、孝姉が普通の走りをしていたならコーナーひとつか二つ分くらいは離されていた筈だ。


「前さ、ちょっとモタ車モタードで遊んだことあってさ。ドカでも行けるかなって閃いて」

「そんな、転けちゃったらどうすんの? 孝姉はむちゃくちゃだよ。セオリーっていうか……」

「ゆず季、あんた楽しめてる?」

「はぁ? どういう意味?」

「速く走ろうとしすぎてないかってこと。速く走る為の方法論なんていくらでもあるよ。それを全部きっちり守って走ってて楽しいかってこと」

「それはっ……」


 悔しいけど言い返せなかった。孝姉は続けた。

「原付はシャカリキでさ。ニーハンはもう無敵の力手に入れた気分。無茶して転けて、それでもまた峠行って。肘擦りとか挑戦してみたりとか、バカばっかやってさ。けど今さ、父さんのバイク譲って貰ってさ、ひとつひとつ大事にコーナーを私がドカと一緒に磨いていく感じがさ。速さじゃ無くって、手から足からバイクに神経が入っていくみたいな感じが楽しくってしょうがないんだよ。だから絶対転かさないように少しずつ近づくんだ、人馬一体ってやつに」


「孝姉……」

 ヤバい。孝姉が遠い目して『今私めっちゃイイこと言った』って顔してる。あ、タバコに火まで点けた。

 絶対転けない様にバイクを大事にとか、思い付きで初ドリフトやる人が言うことじゃない! ネジが飛んでるとかじゃなくて、この人きっと最初からネジがついてないんだ。


「……私も何か勝負とかどうでも良くなっちゃった」

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