13 一つの答え
「……は?」
でも、いつまで経っても痛みは襲って来なかった。恐る恐る目を開けると、檜山さんはぽかんと口を開けてオレを見ていた。
「なんで君……服を捲ったんだ?」
「……」
「……あ、ごめん。こうしてると喋れないか」
手を離され、解放される。オレはなおも服を捲ったままで、首を傾げた。
「え、えと……檜山さんがスタンガンを使いやすいようにと思って」
「え?」
「スタンガンです。檜山さんは今両手塞がってるし、オレが服を捲っておいた方がいいかなって思ったんですが……」
「……」
「あ、もしかして場所が違いましたか?」
そう言って、露わにした自分のお腹を覗き込む。……確か、皮膚の薄い首とかに当てたら怪我するって父さんから聞いたことあったし。お腹とか背中なら痕や後遺症も残らないそうなので、檜山さんがスタンガンを当てるならここかなと思ったのだが。
「……えー……?」
肝心の檜山さんは、何故か途方に暮れた顔をしていた。
「つまり、僕を手伝ってくれたってことか? 今から傷つけられるのは自分なのに? なんで、そんなことを……」
「? なんでって何がですか?」
「僕は君の望みを阻み、しかも危害を加えようとしたんだよ。なのに、どうしてそんな……」
「でもオレ、せっかく助けようとしてくれた檜山さんの気持ちを無下にしましたし」
「関係無いだろ……。っていうか、それなら最初から僕と逃げてくれれば……」
「オレにはオレの意見があります。そっちも譲りたくなかったんです」
へたりこんだ檜山さんの目線の高さに、しゃがみこむ。
「確かにオレは、帆沼さんのところに帰らないとと思ってます。……でも、檜山さんがオレの為にここに来てくれたこともすごく嬉しかったんです」
「……馬鹿な」
「だから、檜山さんがそうまでしてオレを連れて帰ろうとしてくれるなら抵抗できません。……したくない」
「……」
「その、わがままですいません。き、嫌いになりました?」
……この時の檜山さんの表情は、筆舌に尽くし難いものだった。呆れたような、恐ろしいものでも見るかのような、いっそ絶望したような。
何か硬いものが落ちる音がする。スタンガンだ。拾おうと手を伸ばしかけたが、その前に檜山さんの腕がオレの体に回される。
「……あーもう……!」
オレは、ぎゅうと檜山さんに抱き締められていた。
「まったく……ほんと何なんだろう君は。どうしてくれようか……!」
「!!!!!!?????」
「普通そんなことするか? スタンガンを向けてきたような相手に、身を任せる真似なんて……!」
――そこは、オレも檜山さんじゃなかったらしなかったんだけどな。そう思ったけど、言えなかった。喉も舌も熱くて、とても言えるような状態じゃなかった。
檜山さんが大きなため息をつく。同時に、オレの首に息がかかってビクリとした。
「君は……あれだな。お人好しなんだか強情なんだか本当に分からないな」
「!? どどどどっちがお好きですか!?」
「どういう意味?」
「あ、ええと、お好みの姿になれるよう努力します!」
「いや、努力とかいいよ。……はぁぁ」
またため息である。ここでようやく、オレは檜山さんの顔色が普段より酷く青ざめていることに気づいた。
「……君に比べて、僕はダメな男だなぁ」
檜山さんの手がスタンガンに伸び、スイッチを切る。それをポケットに押し込んだあと、彼はまたオレを抱き寄せた。
息が止まる。自分の身に起きていることに、頭が全然追いついていない。
「自分の目的の為に、聞こえのいい言い訳を並べ立てて、挙げ句君を傷つけようとして。……これじゃ結局、僕も彼らと同じ生き物だ」
「ひ、檜山さん……?」
「ごめん。謝って済むことじゃないけど、本当にごめん」
何を謝られているのか、オレにはわからない。でも、顔の見えない檜山さんの体は少し震えていて、それを密着した体で感じていると、どうしてか胸が締めつけられるような気持ちになった。
「……君の望みを、叶えたい」
そして低い声で、檜山さんは言う。
「今更かもしれないけど、君に協力する。帆沼呉一と会話をしたいというなら、僕も近くに待機して最大限君に危害が及ばないように尽力する。……もう、無理にここから逃げようなんて言わない。君が僕の意思を尊重してくれたように、今度は僕が君の意思を尊重する」
「あ……ありがとうございます」
「お礼はいい。……むしろ、僕が言わなきゃいけないぐらいだ」
檜山さんは体を離して、オレを見た。……やっぱりすごく疲れているみたいだったけど、彼はいつものように微笑んでいた。
オレの好きな笑みだ。
「慎太郎君は、本当にすごい人だね。お陰で、僕も覚悟ができた」
「覚悟ですか?」
「うん。……叶うなら、僕も慎太郎君のようになりたい。自分の気持ちにまっすぐで、どこまでも人に手を差し伸べるような」
「そ、そんな」
正面から褒められて、こんな状況なのに照れてしまう。自分だって檜山さんみたいに優しくて、頭が良くて、笑顔が素敵で、イケメンで、本に詳しい人になりたいといつも思ってるのに。えへえへとごまかしていると、彼は少し沈んだ顔でうつむいた。
「――そうだな。僕も、ちゃんと向き合わなければ」
……向き合うというのは、自分にだろうか。けれどそれを尋ねるより先に、彼はぱっと顔を上げた。
「でも、頼むからさっきみたいなことは絶対僕以外にするなよ。あれはあんまり良くない」
「さっきみたいなことって?」
「自分の服を捲って……あー、いや、なんでもない。うまく言える気がしないな……」
「?」
「とにかく、もう少し話してから帆沼君の所に戻ろう。僕の知っている情報も伝えるから、その辺りも加味した上で――」
「……もう不要ですよ」
突然降ってきた声に、背筋がゾクリとする。――確認しなくても、声の主は判断がついた。でも、彼は薬で眠らされていたはずなのに。
けれど、そこにいたのは紛れもなく彼だった。見上げた隣の個室の壁の上からは、分厚いアッシュグレーの前髪を垂らした男がオレらを見下ろしていた。
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