「共に来い」part.9

 四人の乗る軍用車両は、王都の敷地外へ向け移動を始めた。

 運転手の若い軍人は「ロウドさんがお待ちです」と言ったきり、言葉を発していない。この事態の全ては、レイジから聞かされる前提だったということだ。


『タケキ、あのお店』


 リザが指差したのは、以前三人で行ったスーパーマーケットだ。正確には、スーパーマーケットだったもの、だ。

 狙いが逸れた砲弾が直撃したのか、建物は大きく崩れ煙が上っていた。


「いったい、何なんだ」


 タケキは、既に何度目かもわからなくなった呟きを繰り返した。

 砲撃は治安維持局を中心的に狙っているようだった。王都の街全体への被害は少ないように見える。少ないと言っても、皆無ではない。今回の件に全く無関係だった死傷者は何人になるだろうか。


 タケキはホトミと並んで座る後部座席の窓から外を見た。出発時と比べて風景の流れが遅くなっている。逃げ惑う人々と往来する車両に阻まれ、なかなか速度が出せないでいるようだ。


「なぁ、あんた」


 タケキが前部座席の女に呼びかける。女は一瞬肩を震わせると、振り向かずに答えた。


「なんでしょう」

「名前を教えてくれ。呼びにくいし、ここまで連れ立ったからな」


 この女は首謀者の一人だろう。レイジの真意を知るため、今は大人しく従っているが、その後どうするかは決めなければならない。笑って許すことは断じてできない。

 ただ、背景も知らずに報復することも違うとタケキは考えていた。今の時間に、名前だけでも聞いておくのは悪いことではないだろう。


「名乗りたくはありませんでした。きっとあなた達は私を憎むから」


 地下とは話す調子が大きく異なり、落ち着いた印象が伺える。甲高かった声も、一段階下がっていた。人の死を目前にしたからなのか、それともこちらが彼女の本質なのだろうか。


『嘘は言ってないみたいだよ』


 雰囲気を察したリザが確認する。タケキはホトミにもわかるよう、軽く頷いた。


「既に憤慨しているから気にしないでくれ。この件はレイジが説明することになってるんだろ? なら、せめてあんたの事くらいは知っておきたい」


 女は一旦運転手の方を見たが、観念したように語り出した。タケキ達には背を向けたままで、表情は見えない。


「私の名前は、イカワ・リョウビと言います。皆さんご存知の、イカワ博士の孫にあたります」


 タケキとホトミ、そしてリザも息を飲んだ。目の前の女は自身をカムイ公共化の生みの親である、イカワ博士の孫だと言う。それはつまり、カミガカリ創設にも間接的に関わっている者の血縁という事だ。


「だから、俺達に憎まれると?」

「はい、だからロウドさんの所に行くまでは黙っておきたかったんです。ここで殺されてもおかしくはないでしょう?」


 隠していたことを話したからか、リョウビと名乗った女の口調は少し軽くなっていた。


「イカワさん、直接関係ないあんた個人を憎みはしないよ。それに、憎まれているのは俺達だ」

「珍しいことを言う方ですね。でも憎まれる理由はまだあるんですよ。さすがにこれを言ったら、私の首と体は離れてしまいます」


 リョウビは自嘲がこもったように、小さく笑ったようだった。

 喧騒を抜けた車両は速度を上げていった。


「いいよ。とりあえず名前が知れただけでもいい」

「じゃぁひとつお願いです。イカワというのは有名すぎるので控えていただきたく。リョウビで構いませんので、そちらでお呼びください」


 後部座席に向かって、細く長い人差し指が振られた。


「わかりました。リョウビさんと――」

『危ない!』


 ホトミが食い気味に返事をしかけた時、リザが叫び声をあげた。タケキは咄嗟にホトミの頭を抱え座席に伏せる。それと同時にリザのカムイを行使し、四人の周りに内側に弾力のある盾を形成する。多少の衝撃であれば、無傷でいられるはずだ。

 次の瞬間、車両が大きく揺れた。制御を失ったように蛇行を繰り返すと、そのままの勢いで横転を二回。舗装を削りながら、車体を横にした状態で停止した。


 タケキとホトミ、リョウビが車両から這い出す。カミイケではなくガソリンエンジンで動くものだ、いつ炎上してもおかしくはない。


「おい、あんたも」


 タケキは運転席を覗きこむ。軍帽を目深に被り金髪を覗かせた、若い兵士の頭部が消えていた。

 タケキは直感した。これは狙撃だ。それも、ただの狙撃ではない。オーヴァーを使った兵器での狙撃だ。


「隠れろ!」


 タケキは可能な限り厚い盾を展開し、二人を建物の陰に誘導する。避難までの数秒に二発の着弾があったが、リザの力を使った盾はなんとか耐えてくれた。

 レイジが待っているはずの、王都の外縁までもう少しの距離だ。

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