「私だって」part.12

 ホトミはリザの姿がどうしても気になっていた。存在がはっきりと認識でき、会話ができた。とてもいい子だとわかった。明るさの中にほの暗い価値観も伺える。だからその姿を見てみたいと思うのは自然なことだろう。それは感情の本質ではなく、そう自分に言い聞かせていることも理解していた。


「見るって?」


 タケキが目を丸くする。

 ホトミは訓練時代を思い出して懐かしくなった。あの頃の彼はよくこの表情をしていた。


 ホトミがタケキを意識するようになったのは侵入者事件の直後だ。英雄として祭り上げられていた時の複雑な表情は、今でも忘れられない。この人を守りたい、そう思ってしまった。それからは訓練にかこつけて話しかけたり、食事を共にするようにしていた。例の話題が出る度に、違う話題を振るのは苦労したものだ。


「そうそう、廃工場でおかしなこと言っちゃったでしょ?」

「私が可愛いのかってやつだよねー」


 リザの声が聞こえる。はつらつとして可愛らしい声だと思う。ホトミの目には見えないが、リザのカムイはタケキの周りを飛び回っているようだ。見慣れたはずの光景なのに、ちくりと心が痛む。


「リザちゃんはきっと可愛いんだろうなぁって」

「えー照れちゃう。ホトミ姉さんの方が可愛いよ」


 ホトミの言葉は本音半分で、もう半分は口に出せない。自分のことを麗しいとは思っていないが、見た目には気を遣っているつもりだ。体形も、それなりに女性としての魅力はあると思う。隣に置いても恥ずかしくないように、自分なりの努力をしている。


「ホトミ、気持ちはわかるけど」

「うん、変なこと言ってごめんね」


 タケキは正しい。今はレイジの救出と中佐の計画阻止が最優先だ。私情を挟んでは失敗に繋がる。ホトミは自分の邪ともいえる発言を後悔した。


「優先順位をつけてやっていこう」

「え?」

「先に計画、その合間にリザ。これでいいよな?」


 ここでその気遣いは反則だと思う。ホトミは食材の整理をする振りをしタケキに背を向けた。潤む目と詰まる声に気付かれるのは恥ずかしい。落ち着くまでに数分の時間を要した。

 結局、出頭当日の課題を洗い出すことに必死で、リザを見ることに触れる余裕はなく五日目は過ぎていった。


 六日目の朝。

 タケキの提案で、リザの件を進めることになった。一旦気分を変えるのは逆に効率が良くなるとの意見だった。

 

「俺は声の時と同じだと思うよ。光の屈折って話じゃなくて」

「あー、じゃぁ私を見てほしい感じを作るのね?」


 恐らくはタケキの言う通りだ。リザとタケキで見せたいものを想起し、それをカムイで表現する。物理現象そのものを操るというよりは、リザを構成するカムイの行使でそれを再現するという感覚だろう。


「ってことは、リザちゃんとタケ君で浮かべる見た目を揃えないといけないね」

「でも私、鏡にも映らないんだよねー。声はなんとなく自分でもわかったけど、見た目はさっぱり」

「じゃぁ、タケ君がカムイで感じてるリザちゃんの姿が基準になるのかな」


 タケキの方を見る。顎に手を当てて悩んでいるようだった。一体、何に悩んでいるのだろうか。リザのカムイは、タケキに巻き付いているように見える。

 感覚的な方法はわかっても、実際に行うのは難しいのだろう。この件については、大きくは進展できなかった。


 もうひとつの問題については、一部を除き着々と準備が進んでいた。三人の意見は共通していたため、是非の議論が必要なかったところによる部分が大きい。

 強硬手段に出る。

 そもそも目的の時点で穏便には済まないため、当然の結論だ。当日はレイジを確保と同時に《重要なもの》の中身を確認し、破壊か奪取をする。そういう前提であるので、脱出手段とその後の潜伏が重要な課題になる。

 脱出だけであれば、カムイを行使した移動で充分対応できる。ホトミが廃工場で使用した手段をリザの力で行えばいい。タケキ、ホトミ、レイジの三人であれば王都から離脱することも容易だろう。問題はその後だ。

 潜伏するにしても長期間は難しい。逃げ隠れながら生きていくこともできるだろうが、ホトミにとってはタケキとの平穏は譲れない。それに、リザとの約束もある。


「まずはレイジに俺らの計画を伝えないとな」

「カムイでこちらの意思を送れないかな。レイジ君なら受け取ってくれると思う」


 脱出の際は、レイジに事態を説明する時間的な余裕はないだろう。事前に情報を渡すことができれば、成功に近づく。


 七日目は大きく進展があった。


「これがリザちゃん……」


 タケキのすぐ横に、人の形をした薄い光が見える。背丈はホトミより頭半分ほど大きいくらいか、平均的な女性の背丈だ。細身で、手足がすらっと長い。輪郭だけで顔つきはわからないが、女性の姿であることはよくわかる。


「あー、ホトミ姉さん、私のこと見える?」

「見える見える、輪郭だけだけど」

「これは凄いね、人に見てもらえるなんて思わなかったよ。嬉しい!」


 人型の光は手足を振り、タケキやホトミの周囲を飛び回る。カムイを感じるだけだった時も薄々把握していたが、全身で感情を表現する少女だ。それを見守るタケキも笑みを浮かべている。


「ちょっと待って」

「なんだホトミ?」


 そう、輪郭だ。見えるのは少女の輪郭なのだ。ホトミの中の違和感が膨らむ。普通ならば、身体の輪郭など見えるものではない。


「もしかしてリザちゃん、服着てなくない?」


 リザの輪郭が動きを止め、顔の部分がタケキを向いた。ホトミも目を細くしてタケキを見つめた。タケキはホトミの意図を理解したのか、ばつが悪そうに下を向く。


「いや、着てないと思う。ぼやっと半透明だから何も見てないぞ」

「そういう問題じゃなくて、リザちゃんは服を着てっ!」


 悲鳴に近いホトミの声が響いた。

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