「私を探して」part.5
舗装された街道を進むと、背の低い建物が複数目に入ってくる。それは、目的地が近いことを示していた。
軍需工場の従業員をあてにした歓楽街だ。
工場が閉鎖された現在では、廃墟そのものとなっていた。
当時であればこの時間でも酔っ払いと女たちで賑わっていたのだろう。崩れ落ちた看板や転がった酒瓶が、在りし日の面影を偲ばせる。
街道から旧歓楽街へ入ると舗装は途切れ、土を押し固めた昔ながらの道へと変わった。
幅広の道は街の奥に見える小高い山へと繋がっている。
計画通り、音や土埃が目立つ可能性があるため二輪車での移動はここまでだ。扉の朽ちた石造りの建物に二輪車を押し込む。
ここも恐らく酒場だったのだろう、埃を被った棚には中身のない瓶が並んでいた。
「よいしょっと」
手近にあった机の埃を払って背嚢を下ろし、ホトミは軽く首を回した。
控えめな光量の懐中電灯で照らし、タケキ分の着替えや装備を取り出し手渡す。手慣れた動作だ。
「はいどうぞ」
「はいよ」
タケキは防弾繊維を仕込んだ灰色の野戦服を手早く身に着けた。
右の腰には火薬式の拳銃、後ろには短刀を、左にはカムイの筒を二本括りつける。頭と顔を伸縮性のある覆面で包み、足を頑丈な軍用長靴で固めた。
ホトミも同様の装備となり、廃墟を後にした。
旧歓楽街を抜け、月明りを頼りに森を貫く幅広の道を歩く。夜目が利くよう訓練されたこともあるため、僅かな光でも周囲を把握することはできる。
足元には工場に行き来していたのであろう四輪車の轍が今も残っていた。いや、十年以上前の物にしてははっきりし過ぎている。
そして、カムイ駆動の車両ではこんなに深くはならない。
隣を見ると、ホトミもそれに気づいたようだ。二人は道から外れ、木々の間に身を潜めながら進むことになった。
暫く歩くと一気に視界が開け、山を切り開いて建造された工場群が目に入った。当初の予定よりも若干の遅れはあるが、許容範囲内の時間だ。
高い塀に囲まれた廃工場たちは先ほどの歓楽街以上に廃墟の様相を呈していた。明かりはなく、何かが動いているような気配も感じなかった。
「警備もいないみたい」
木の陰から双眼鏡で様子を伺っていたホトミが呟いた。
「何もない。なんてことはないよね」
「流石にないだろ」
何もない方がきっと幸せなのだろう。だが、必ず何かがある。レイジの情報と、先ほどの轍がその証拠だ。
その何かはとても不吉なものだということも確信できる。
「入れそうな所はあるか?」
「うーん、門も閉じてるし、簡単に入れる所はなさそう」
どうやって入るか。タケキは考えを巡らせる。塀を一周回って侵入できそうな場所を探すことも考えたが、断念。
レイジがあたりを付けてはいるものの、広い敷地内で目的の場所を探すこととなるため、そちらに時間を多く割くためだ。やはり手段は一つしかない。
「穴あけるぞ」
「振動検知器とか大丈夫かな?」
「その時はその時だ」
「ですよねー」
簡単なやり取りの後、目で合図を送り合った二人は月明りの及ばない場所を選び、腰を低くして塀に駆け寄った。
タケキは石造りの塀を何度か叩き、硬さを確かめた。クレイ王国で一般的に使われている石材だ。これなら充分いける。
「やるぞ」
「いいよ」
タケキは左腰から金属の筒を取り出し、先端を捩じり蓋を開ける。筒の中は一見空洞だった。すぐに蓋を閉じ、筒を腰に戻す。
タケキは右掌を広げ、構えた。小指の側面で相手を叩く、所謂手刀の構えだ。ただひとつ違うのは、その手刀に不可視の刃が形成されていること。
タケキは壁に手刀を突き立てると、円を描くように動かした。不可視の刃は塀の反対側まで突き抜けるように伸び、石材を切り裂いた。
「よっ」
開いた掌を握り、腕を引きながら体ごと後ろに下がった。円柱状に切り取られた塀が引っ張られ、足元に落下する。
大人の片腕の長さほどもある分厚い塀は、いとも簡単にくり抜かれた。落下の際、一瞬緊張するが振動検知器の類はなかったようだ。
「行くぞ」
「うん」
タケキとホトミは穴を潜り、工場の敷地内に足を踏み入れた。
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