「私を探して」part.4

 タケキとホトミを乗せた二輪車は風を切り闇の中を進んでいた。

 アスファルトで固められた街道は樹脂製の車輪を受け止め、かなりの速度を出すことを許す。このまま行けば日付の変わる頃には目的地に到着できそうだ。


 この二輪車を動かしているものの正体をタケキは詳しくは知らない。

 地面を掘ると出てくる黒い油に熱をかけると、何種類かの油に分離するそうだ。その中で火を着けると爆発的に燃えるものをガソリンと呼ぶ。

 そしてエンジンという金属の塊の中で意図的に爆発させることで動力を得ているらしい。いつかレイジが詳しく語っていたが、タケキが理解できたのはこの程度だ。

 ただひとつわかるのは、こんなものを大量に作る連中にはどう転んでも勝ち目などなかったということだ。


「きゃっ」


 アスファルトの継ぎ目を乗り越えたのか、車体が少し跳ねた。

 タケキの腰に回ったホトミの手に力が入る。厚手の上着を着ていても確かにわかる膨らみに、タケキは身を強ばらせた。

 彼女を女性と意識するようになったのはいつの頃だったろうか。そして、その淡い想いを閉じ込めたのはいつ頃のことだったろうか。


 タケキ達が戦場に立ったのは戦争末期。どんな手段を使っても降伏は避けたい軍首脳は一部の貴族を唆し、クレイ王家の名のもとに乾坤一擲の特殊戦闘部隊を設立する。

 カムイを扱う能力に長けた少年少女を徹底的に兵器として訓練したその戦闘集団は《カミガカリ》と呼ばれ、その名に恥じない戦果をあげた。

 タケキもその一員として、国家の存続のため人を殺した。強大な戦力であるが故に、カミガカリは常に最前線に送られた。

 時には四方を大軍に囲まれ、爆弾の雨に曝された。血に塗れ、自分の色がわからなくなる時もあった。

 友軍からも畏怖の対象とされた彼らはまともな休息を取ることすら許されず、戦場を巡るごとにその人数を減らしていった。

 共和国の兵に撃たれる者はもとより、心を壊し自ら自由になった者も後を断たなかった。


 戦いの日々は終戦と共にいとも簡単に終わりを告げる。

 モウヤ共和国の法ではまだ子供とされる年齢だったタケキ達は、ある意味戦争の被害者として丁重に扱われた。

 怨恨による私刑を防ぐためにカミガカリだった過去は完全に抹消され、監視のもととはいえ一定の自由も与えられることになる。

 時折やってくる簡単な事務仕事さえこなしていれば収入も得られ、退役軍人として人並み以上の生活を送ることができた。


 そんな安寧と倦怠の中に溺れることなく、人としての感情を取り戻せつつあったのは、ホトミのおかげだとタケキは思う。

 三日と空けることなく会いに来ては、優しい笑みと温かい食事を振る舞ってくれた。

 戦友としての仲間意識はいつしか愛情と呼べる感情に変わっていった。

 このまま彼女と真っ当な幸せを作ってもいいのかも知れないとさえ考えるようになっていた。タケキはそんな自分に驚いていた。


 終戦に際し、一時的に拘束されたカミガカリの生き残りは二つの選択肢が与えられた。

 退役し隠遁に近い生活を送るか、モウヤ共和国に恭順し安全保障の名のもとにクレイ王国民に権力を行使するか。

 前者を選んだタケキやホトミと異なり、レイジは後者を選んだ。「皆を守るためだ」と言い残し、レイジはタケキの前から姿を消した。

 数年後に再会した彼は、別れた頃と変わらない瞳でタケキとホトミに仕事を依頼する。

 レイジの真意を知ったタケキは再び心を殺すことを決めた。

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