「私を探して」part.2

 転がった酒瓶を袋に詰め込み、溜まった埃を粗方掃き終わった頃、本日の主賓が現れた。

 無遠慮に玄関のドアを開け閉めする音が響く。どうやらこの人物にとっては呼び鈴は存在しないものらしい。


「ようタケキ、久しぶり。お、ホトミも来てるな。時間厳守でよろしい」


 家主の返事を待たず事務所まで入ってきた長身の男は馴れ馴れしい大声で二人の名を呼んだ。本日もう一人の来客であるロウド・レイジだ。

 タケキとホトミの姿を認め、切れ長の目を更に細めて笑った。楕円の眼鏡が陽光を反射しきらりと光る。

 モウヤ式の正装を嫌味なく着こなし、髪を整髪料でしっかりと撫で付けた隙の無い姿は、だらしないタケキとは対照的であった。《モウヤ・クレイ共同安全保障諜報部主任諜報員》それがタケキとホトミの戦友、ロウド・レイジの身分だ。

 タケキ達のような中途退役者の監視と反乱の抑制が主な仕事である。当然、監視対象には疎まれる存在なのだが、タケキとホトミにとっては旧友という繋がりの方が強かった。そして、もう一つの関係性も。


「おう、いらっしゃい」

「レイジ君、やっほー」


 来訪者に対し、軽く挨拶する二人。見た目だけでは共通点のない三人ではあったがそこには穏やかな雰囲気が満ちていた。


「私、お茶入れてくるね」


 勝手知ったるというように、ホトミは隣の部屋にある台所に向かった。ホトミの姿が見えなくなったところで、真顔になったレイジがタケキに耳打ちをした。


「お前ら、まだ夫婦じゃないよな?」

「いつもいつも、そんなわけないだろ。ホトミだぞホトミ」


 呆れ顔で返すタケキ。三人で会う度に同じようなやり取りを繰り返しているタケキは辟易しつつも嫌ではなかった。それがレイジなりの友情の示し方なのを知っているからだ。

 毎日吐くまで走らされた訓練時代も、死地で背中を預けた戦場も、レイジの気安さには助けられていた。

 ホトミの優しい気遣いに裏打ちされた明るさにも。


「はーい、お待たせ。粗茶です」

「俺の家なんだが」

 盆に湯飲みを三つ乗せたホトミが戻ってくる。緑はタケキ用、橙色はホトミ用、紺色がレイジ用だ。

「粗茶には変わりないでしょ」

「まぁそうなんだが」


 これもいつものやり取りである。にんまりと笑ったレイジが湯飲みをすする。粗茶は適温だった。数分間の平穏が三人を包んだ。


「では」


 レイジが口を開く。眼鏡の奥は鋭い眼光、先程までの笑みは嘘のように消え去っていた。タケキもホトミもそれが何を告げるのかわかっていた。

 自分達が集まる理由は一つ、仕事があるからだ。それも、とびきり厄介な。


「ここを」


 机に広げた地図を開きレイジが一点を指差す。王都から徒歩換算で半日程だろうか、林を正方形にくり抜いたような場所だ。

 現在は使われておらず、モウヤ共和国により閉鎖された名目の旧軍需工場地帯であった。


「今度こそ、だ」


 地図上の王都と旧工場を指差しながら、レイジは低い声で呟く。今度こそ、その意味をタケキはよく理解していた。

 過去六度、同様の仕事を請けていたが、今回は王都に近すぎる。この近さは何かある。


「いつだ?」

「今夜」


 最低限の会話をし、それ以上は誰も口にしなかった。

 それ以上聞いてはいけないことも、それ以上聞く意味がないことも、タケキは知っていた。それはホトミも同じだった。


「すまんな」


 レイジが再び沈黙を破る。視線の先には酒瓶を片付けた袋があった。タケキの深酒は自分に理由があるとでも言いたげだった。


「今日は忙しいところ来てくれてありがとうな。近いうちに一緒に飲もう」


 努めて明るい声を出し、タケキはレイジの肩を強めに叩いた。

 それを合図にレイジの目から鋭さと哀しみが消え、人懐っこい笑みが戻る。


「そうだな。落ち着いたら必ず」


 立ち上がったレイジは右掌を開いて差し出した。タケキはそれを強く握った。


「当然、私も参加だよね?」


 握手の上にホトミが掌を被せる。それは確かな約束だった。七度目こそ叶えよう、戦友達は誓い合った。


「じゃあ、そろそろ仕事に戻るよ。また粗茶飲ませてくれ」

「私の淹れた粗茶はうまいぞー」

「粗茶のくだり続いてたんだ?」


 それぞれ軽口を叩いたところで、レイジは事務所を後にした。

 机の上には細長い金属製の筒が四本置かれていた。レイジは最後に一度だけ振り返り、頷いた。


(四本か……)


 その数に、タケキはレイジの本気を感じていた。同時に、今回の仕事がどれ程危険なのかということも。


 彼らの僅かな時間は『ロウド主任諜報員が休憩時間に旧友と深交を深めるという名目でタケキ達に会った』とモウヤ側には報告されるだろう。その本来の意味を知る者はほんの一部だった。

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