第10話 頼れる私の優しいダメな親友

『ヒメ。実はな……母さん―――再婚しようかなって思ってるんだが』


 ……突然に、何の前触れもなく母さんにそんな話を持ち掛けられた私……麻生姫香。その話を聞いた瞬間に恥ずかしながら失神してしまった私は、詳しい事はまだ母さんから何も聞けていない。

 …………聞けていないのだけれども。


「……母さん……」


 いきなり予想だにしなかった……一番聞きたくなかった話を持ち掛けられた私は一日中困惑していた。登校中も、休み時間も、授業を受けている時でさえ、考えるのは母さんの事ばかり。

 まあ、それはいつもの事だけど。


 どうして、どうして再婚……?母さん、もしかして好きな人ができたの……?で、でも母さん、昨日の夜まではそんな素振りはどこにもなかったじゃない……

 じゃあ……やっぱり、母子家庭が大変だから……?母さんだってまだまだ若いし……もう一度、自分の納得できる家庭を作りたくなった……?い、いや……もしかしたら……この私が負担になってる……?私って、母さんにとって邪魔な存在なの……?私、悪い子だから……捨てられちゃうの……?


「…………かあ、さぁん……」


 考えれば考える程に嫌な気持ちが溢れ出てくる。こんな時、いつも悩みを聞いてくれる頼れるクラスメイトで私の親友の立花コマは―――タイミングの悪い事に、陸上部の助っ人として陸上競技大会に出場する為に今日からしばらく公欠する事になっていて傍に居ないから相談も出来やしない。

 結局私は一人で悶々としながら、ただただどうして母さんがそんな話を持ち掛けたのか考え込むしか出来なかった。


『はい。これでHR及び本日の授業は全て終了となります。それでは皆さん……起立、気をつけ―――礼』

『『『ありがとうございました、さようなら先生』』』

『さようなら。皆さん気をつけて帰ってくださいね』


 ……気が付けばいつの間にやら放課後になっていた。…………記憶ないけど、私授業とかちゃんと受けたのだろうか……?そういえばお昼ご飯食べた記憶もない……お腹が減っているのかもよくわからない……

 自分が何をしたいのか、母さんの意図は何なのか……もう何もかもがわからない……


「……早く帰って母さんの夕食……作らないと……」


 とにかく気持ちを切り替えて、母さんの為に動かなくては。そう思って頑張って下校しようと下駄箱まで歩く私だけれど……身体が思うように動かない。夕食は何を作ろうかと考えて見ても、朝の母さんの『再婚する』という言葉が脳内を駆け巡り、全く考えがまとまらない。


「…………」


 身体にも心にも黒いモヤモヤがかかって、気持ちが悪い……吐き気がする……

 母さんの再婚……本当に良き娘ならば、実の母の幸せを本気で想うならば、それを喜んであげなきゃならないところだろうけれど……でも、でも私は……私は……


 …………そうやって悶々としていたのが悪かった。前方不注意のままふらふらと廊下の角を曲がった私。すると―――


「ぅお!?」

「……あ」


 曲がった瞬間、ちょうど向こうから走って来た誰かとぶつかり尻餅をつく私。あー……なんかこれ凄いデジャヴを感じる……前も確かこんな事があったような……


「痛てて……ご、ゴメンよ!?私ったらバタバタしてて前をよく見てなかった!キミ、大丈夫?怪我はない?」

「……ううん、ゴメン。私の方こそちょっと考え事をしてて前をよく見てなかった……」

「いやいや!廊下を走ってた私が悪かったよ!マジでゴメン―――って、あり?……なんだ、じゃないの」

「……え?」


 倒れた私を慌てて抱き起してくれながら、ぶつかった人がそんなことを私に言う。……『ヒメっち』?

 この学校で、この私をそう呼ぶのはただ一人だけ。まさか……


「…………ま、こ……?」

「はーい。そうだよヒメっち。ういーっす」


 ぶつかった人を良く見てみると、私のもうひとりの親友で料理の師匠……そしてコマの双子の姉の立花マコがそこにいた。


「ごめんねぇヒメっち。ヒメっちも知っての通り、今日から大会の助っ人でコマが居ないから生助会の書類整理とか雑務にめちゃくちゃ追われててさ。あまりの忙しさでバタバタしてて、うっかり前をよく見てなかったわー」

「……」

「まあ、私としては忙しい方が愛するコマの居ない日常の寂しさを紛らわすことが出来るから助かるんだけどねー」

「…………」

「あー!そうだ!良かったらヒメっちも何か私にやって欲しい事とか、手伝う事とか無いかな?私で良ければ何でも聞く……よ……?って……あ、あれ?ヒメっち?聞いてる?」

「…………(ぽろぽろぽろ)」

「ぅお……っ!?え、えっ!?あれ!?ひ、ヒメっちどうした!?まさか……泣いてんの!?」


 ……忘れてた。そうだ、もう一人いたんだ……私にも相談できる頼りになる友達が。

 明るいマコの顔を見ると、何故だか無性にホッとして……思わず気が緩んだせいか自然と熱い涙が両目から溢れてきて……マコの前でその水滴を零してしまう。


「……ごめ、ごめ……んマコ……いきなり……泣いちゃって…………私……わたし、ね……」

「え、えっと……えっと……も、もしかしてヒメっち。私とぶつかった時にどこか痛めたかな?ご、ゴメンよ!そ、そうだ!痛いなら今すぐ保健室行こう!わ、私が連れて行ってあげるからね!ね!」

「……違、う……ちがうの……痛いんじゃ、ないの……マコが悪いんじゃ……ないの……」

「へ?違う?」


 しどろもどろになりながら慌てるマコに、首を横に振ってこの涙がマコのせいじゃないと伝える私。


「…………そうじゃ、ない……そうじゃなくて……わたし……」

「……えーっと、何が何やらよくわからないけど……ヒメっちさ。何か言いたいことがあるなら、焦らず、ゆっくりで良いよ。落ち着いて、話せるようになったら話そうねー」


 泣いている私にハンカチを手渡して、マコは背中をゆっくり撫でて落ち着かせてくれる。


「……あの、ね……」

「うん」

「……わたし、ね……」

「うん」

「…………かあさんに、きらわれたのかも……かあさんに、すてられるかも……しれなくて……」

「……OK、何やら訳ありな話と見た」


 必死の想いでそこまで何とか嗚咽に耐えながらコマに告げると、普段の変顔から一変して真剣な表情を見せるマコ。


「とりあえずヒメっち。場所を変えよう。ここじゃ人目につくし…………多分だけどさ、これってあんまり他の人には聞かれたくない話だよね?」

「…………(コクン)」

「よしわかった。んーと……よし。やっぱうちの部室が良いかな。あそこなら鍵かけられるし何より他の人に聞かれることはないもんね。ヒメっち、ちょっと歩くよ?大丈夫?」

「…………ん。ありが、と……まこ……」

「いいのいいの気にしないで。……そんじゃ行こっかヒメっち」


 そう言って私の手を引き案内してくれるマコ。……ごめんね、私の家庭の事情に巻き込んで……そして、ありがと親友……

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