さんざめく雨降り

ねなしぐさ はな娘

第1話

人生捨てたもんじゃない。

私は生きている。涼しい風が髪をさらう。

空気は清々しく、木々は青々してる。

違うのは地面が黒く、固い事だ。


地面にしゃがみ込み、そっと手を這わす。

外気温を吸収しているのか、ほどよく温かい。


こんなに歩きやすい道はうまれて初めてだ。


こんな自然豊かな場所があっただろうか。

一面焼け野原だったはずだ。周囲に人はいないし、私はいよいよ死んだのだろう。敵軍の砲弾にでも当たったのか。でもまぁ、これで毎日怯えて暮らすこともなし、食事時におかずが出てくるか否かの心配もなし。天国だ。唯一の心配は姉妹たちと学友たちに感謝をいえずに今生の別れとなった事か。


青い空をどこまでも続く一本道を、敵軍の飛行機が来るのをどきどきしながら見上げることなく歩ける素晴らしさを噛みしめて前進した。ときどき鼻歌がまじる事もあった。


畦道にそって水田が広がっている。

俺ァ腹いっぱい米が食いてぇ、と父なら言うだろう。食い道楽の父だ。若い頃はまだ自由に食べ物がたべれていたのだろう。私には分からないが。


畦道づたいに歩いていると、後ろから

帽子とツギハギひとつない上等な布の上下を着た老人が声をかけてきた。


対して、私のモンペはツギハギだらけの上、ススが着いていて黒く、血がどす黒く布地にシミを作っていた。


終わった。憲兵だ。

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