第3話 水のおくすり~王都パレス~(3)
頑固に断ったまでは良い。
この日も、私はお腹が減ったので帰ることになった。
街の市場で、夏の野菜やお肉、味を調える調味料を買った。
お師匠は、私がいると「安く買い物できる」と悪い笑みを漏らす。
私の価値は、子供であることなのだろうか。ため息が小さく出た。
お師匠と無事に帰宅。この木造の隠れ家で、2人作業の料理を始めた。
家事に魔法を使わないのは、お師匠と私の決まりごとだった。まぁ、部屋を水浸しにした事件以降は、私は家事に魔法を使っていない。
そのおかげで、12歳の女の子にしては生活力が、高いレベルで身に付いた。
包丁も使えるし、火も起こせる。洗濯もしている。そでに、箒の掃き掃除も、雑巾での拭き掃除も得意だ。
ただ私の問題は、壊滅的に味覚オンチなんだ。
2人で向かい合って、大きいテーブル席に座って、ご飯を食べる。
出来たトマトのスープと、野菜サラダ、焼いたパンケーキが今晩の料理だ。
お師匠は、サラダとパンケーキは普通に食べていた。
ただ、私が塩加減を調整したスープを飲んだとたん、激しくむせた。
「ごふっ! このスープ激しく塩からいぞ、マリィ!」
「そんなわけないじゃないですか。分量通りですよ……ごふぅっ!」
私もスープを飲んで、すぐに噴き出した。
涙が目じりからあふれ出るくらい、とても塩からい。
おくすりの調合は完璧に分量通り、手早く出来るのに。
だけど、同じジャンルに入りそうな料理が、全く下手くそなのだ。それこそ魔法の訓練と同じくらい苦手だった。
あれぇ? 何でだろうか。
うらめしい気持ち。私は目の前のスープをにらんだ。
お師匠は、コップで水をたくさん飲みながら、理由を話してくれた。
「マリィ。お塩に混じり気がないなら、お料理の本の通り作れば完璧だろう」
「どういうことですか?」
「俺たちが原料から作っている魔法薬には、その成分以外の不純物が入っていない。でも、街で売っている塩には、身体に影響がない程度で色々混じっていることがある」
「あ、そうか~。だから、ひどい味になるわけですね」
「まぁ、そうとも言える。それだけではないとは思うけどね……」
お師匠の答えに、私は納得した。何故かお師匠は、言葉をにごしたけど。
料理にはたとえば、卵や野菜を使うほかに、味を調えるためにお塩を使ったりするだろう。
まず卵や野菜には、そのものの栄養以外のものはほとんどない。
卵を入れた瞬間から、料理に味があることはない。
私たちは調味料として、何か足すだろう。
それで味を調える。
その調味料が混じり気ないものでないのだ。
塩からさの具合は、調味料の作り手によって違ったりする。
手間暇がかかれば、それだけ調味料も高い。
貴族の使うような一流品を、料理で私たちは使っていない。
安いものが全部悪いわけでもない。そもそも高いものは、私たち一般人の持っているお金で買えないのだから。
だから、ひどい味になったわけではないようだ。お師匠の歯切れ悪さの原因はこれ。
そもそも私は、おくすりの調合が上手いと威張っていた。料理でも同じように出来ると油断していたのだ。
私のプライドを傷つけないように、お師匠は遠回しの説明をしたのだ。
他人に優しいんだか、他人に甘いんだか。何なんだろうね。
お師匠は不安そうな目で、私を見た。
だけど、一般的に料理が下手くそな大人になると、非常に将来困ったことになる。
自分が食べるのはいいけど、お友達や相方となる人が泣いちゃうんだ。
私はそんなに重大な問題だと思っていない。調味料の問題だ、と今は信じてしまっている。
「魔法は下手くそでいいけど、料理は上手くなろうねぇ」
「がんばります、はい」
その夜、お師匠はお腹を下した。
下痢でずっと厠行き、夜中何度も目が覚めたようだ。
私はお腹を壊さなかった。
私が作った料理のせいではない。
王都中の人間たちが、この時期お腹を壊す人続出であったのだ。
お腹を治す人が多すぎた。回復魔法が追い付かない。
王都の魔法使いたちが、一般の病人たちに、何でもできるわけではない。
治してもまたすぐに、お腹を下す人もいた。
お腹の痛みに耐えながら、回復魔法を使う魔法医たちは、深く困った顔をしている。
たくさん魔法を使うと、魔法使いたちは気力を使い切ってしまう。
学者さんによって、お師匠と私は、この治療の場に呼ばれた。
私たち3人は、地獄絵図のような現場に、苦虫をつぶしたような顔になった。
これはひどすぎる。
「こんなことなら、ちゃんと魔法を使えるように訓練しておけばよかった」
「いいや、魔法でもどうしようもない事件が、この国で起きたようだね」
お師匠は状況の一部を理解していた。
その判断の速さも、一流の魔法使いである。
身にあまる魔法の力でも、回復が追い付かない事件が、このフランシス王国の王都パレスで起きていたのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます