薬師マリィさんの小さな旅路

鬼容章

第1章 水のおくすり

第1話 水のおくすり~王都パレス~(1)

 光る夏の色。太陽の光を反射する水面。

 王都パレスには大きい運河がかかっている。

 水を割いて走る小船たち。夏草のように川の流れに身を任せているのではなく、人間の意志で船の向かう方向を決めている。

 その川を利用して、人々は食べものや遠い地方の珍しいものを運んで、街で商売をしていた。


 私、マリィは魔法使いの弟子。数えで12歳の女の子。

 夏用の綿素材の長いローブに、身体の小さい私は着られている。

 魔法使いの帽子を目深にかぶって、日差しを避けている。でも、光る川を見ていたら、目が何だか疲れた。


「服を脱ぎ捨てて、水に飛び込みたいところね」


 もちろん、その言葉は冗談。気晴らしに呟いてみただけ。

 こんなに平和な時代に、敵を倒す魔法を勉強している。

 お師匠が厳しく教えてくれるから、逃げ出したところ。

 今の私はふてくされていた。

 橋から、下に流れる川を見ていたんだ。


 無心になって、景色を眺めるだけで、何も考えたくないときだってある。

 行き交う舟の荷物に、珍しい光るものがあっても、私のくもった目にはキレイに映らない。

 やはり、私は南の貝殻も好きだし、北の雪の下に生える草も好きだ。

 あれらを鉢に入れて、すり潰すとちょうどいいおくすりが出来そう。


 にやけた顔で妄想をしていると、お師匠に見つかった。

 私の表情は一瞬で凍りついた。


「マリィ、君は手先が器用だ。勉強も理解が早い。魔法使いとして良いセンスをしている。でも……」

「木の杖の先から出る魔法にやる気がない、ですか……お師匠?」


 私は聞きあきたセリフを、お師匠に投げかける。

 絶対に振り返って、目を合わせない。お師匠は優しい目で私を見つめ、大人な理由で説明してくるだろう。

 そうなったら、子供の私はうなずいて、また出来もしない魔法の訓練を受けることになる。

 私が訓練から逃げようとしているのは、もうお師匠も気づいている。


 木造の橋がきしんで、お師匠の足音が鳴っている。

 その音が止まると、私の真横から、悪いことをたくらむ大人の笑顔でのぞき込んできた。


「マリィはどうして魔法を嫌うんだい?」

「魔法は他人を傷つけます。たとえ、大切な人を守るのでも、敵になった人を無理やり痛めつけなければなりません。私はそういうのは嫌です」


 私はいつも通り、きっぱりと理由を言った。もう心が揺れることはない。それくらい何度もセリフを繰り返した。

 早めに理由を告げないと、いつまで経っても、お師匠と問答が続く。

 結局いつも、お腹が減るころになって、いつもにらみ合いの引き分けだ。それでご飯を食べると、勝ち負けがうやむやになってしまう。


 揺れなくなった水面を、名残惜しくて、私は見つめる。

 にらめっこじゃないから、別にいつまでも怒っている必要はない。

 それじゃあ、お互いの意思疎通が出来ない。大人なお師匠が、わざと私に合わせて話してくれているのは、もう気づいている。

 

 子供にも、妊婦さんにも、お爺ちゃんにも、誰にでも優しい。それがお師匠、フランシス国第一の大魔法使い様だ。

 だから、私の冷たい一言をしても、お師匠は退かない。


「ごもっとも。じゃあマリィは、どうやって人を助けるんだい?」

「私は目にした本の知識があります。それにおくすりの調合は上手いはずです」

「はずじゃなくて、くすりの調合の腕は俺のお墨つきだよ」


 素直にお師匠は、私をほめる。嫌味だけを言うわけでもない。

 それでも、私が言葉をすぐに返せなかったのは、少し昔の話を思い出したからだ。

 お師匠は、隣で眠そうに川面を見つめる。根気よく、私を待ってくれた。

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