第95話 終結


マージニア様はその場ですぐ契約書にサインをすると言ったんだけど、王様はそれを断った。お兄さんとうまくやりたいならまず第一歩として今回のことを納得させて来いと、王様は言った。


それを聞いたマージニア様は少し泣きそうな顔で、1週間以内に返事をしますと言ってくれた。私たちは何も解決していないのにそれを聞いて満足して、テムライムへと帰ってきた。



「大丈夫かな。」



帰ってきてからもう待つことしか出来なくなった私は、テムライムに来たばかりの頃のように怠惰な日々を過ごしていた。エバンさんも比較的暇な毎日を過ごしているようで、今日も昼にフラッと帰ってきたと思ったら、紅茶をすすりながらそうつぶやいた。



「わからない。」



マージニア様のお話を聞いて、確かに同情はした。

でもかと言ってあいつが説得くらいでどうにかなる気はしていなかった。でも私達には今、信じて待つしか出来ることがない。



「パパ~!帰ってたの?」

「今日は訓練は~?」

「そうか!今日もやりたいか!」



どうなるかは確かにすごく気になるところだけど、今はとりあえず何気ない毎日を大切に過ごしていこう。



「私も行こうかな。」

「え?」

「ほら、いざという時の護身術みたいなの、学んどいたほうがいいかなって。」



次何か危ない目にあった時、出来れば一人でも逃げ出せるような術を学んでおきたい。本気でそう思って言うと、エバンさんは困ったように笑った。



「いざという時なんて、起こさせないから。」



起こさせないと言って起きないなら、誰も危ない目になんて遭わない。心の中でそう思ってみたけど、口に出せば怒られそうだからやめておいた。私は元気に「いってきます」という子どもたちのたくましい背中を見送って、平和を噛み締めるようにして紅茶を一口口に含んだ。





「リア、ただいま。」



そしてそれからちょうど1週間後。エバンさんがなぜかすごくニコニコした顔で帰宅をした。いつも帰宅するときは笑顔なんだけど、今日はその笑顔がひときわ輝いている気がして、逆に少し怖くなった。



「お、おかえり。」



少しだけ身構えておかえりを伝えた。するとエバンさんはもっと笑顔になって、「リア」ともう一度私の名前を呼んだ。



「最高のニュースを、持ってきたよ。」



エバンさんはそう言って、どんなニュースか教える前に私を抱きしめた。



「リオレッドから、連絡が来たって。」

「うん。」

「内容を全部、受け入れるそうだ。」



エバンさんは抱きしめる手を強くしながら言った。なんとなくそうなのかなと思ってはいたけど、実際に言葉で聞いたら、一気に嬉しさがこみあげてきた。



「マージニア様は、ちゃんとお話出来たのかな。」



マージニア様は、上手く話を出来たんだろうか。

案が受け入れられたかどうかよりそこが気になった私は、喜びの言葉を発する前に思わずそう聞いた。



「それはね。」



私を自分の体から離して、エバンさんは今度はしっかりと私の目を見た。エバンさんの目が少し悲しそうだったから、それだけですべてを察した自分がいた。



「多分お話は出来たんだと思うけど、実際イグニア様がどう言っているかまでは報告が来てないんだ。」



つまり誰にも分からないと、いう事か。

あれから一週間、あのクソが心変わりしたとは思えない。もしマージニア様があのクソを本当に説得出来たんだとしたら、相当すごい交渉術を持っているって自信を持った方がいい。



「でもこれ以上、僕たちが踏み込めることでもないから。」



エバンさんの言う通りだ。

あの時王様はしっかり二人で話し合えと言われたけど、報告が来た以上、「ちゃんと話せたか?」と念押しして聞くほど、私達はリオレッドの政治に介入できる立場にいない。



「そうね。」



だからここは素直に、「承認してもらえてよかった」と、喜ぶべきところなんだと思う。


「よかった。」

「うまく行くと、いいね。」

「うん。」



案が承認されたからと言って、今度リオレッドでもコガネムシの糸はちゃんと作れるのか、作れたとしてその後ドレスになるまでスムーズに行くのかも分からない。



でもこれできっと、この不毛な貿易戦争にも終止符が打てる。



「リアはやっぱりすごいね。」

「そんなことないよ。今回私はただのお人形さんだったから。」



いつも謙遜してそういう事があるけど、今回に限っては本当にドレスを見せるためだけのマネキン要員だった。今回頑張ったのは紛れもなく、私達の尊敬すべき"王様"だ。



「それでもすごいの。」



まるで駄々をこねる子供みたいに言うエバンさんが可愛くて笑ってしまった。これからどうなるかなんて誰にも分からないけど、とりあえずこの平穏な日々が守れそうなことにホッとして、思わず涙が出そうになった。


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