第91話 お前が経済止めてんだぞ



「肝心な部分を、話していなかったね。」



王様は少し困った顔で笑って、もう一度「ごめん」と言った。そして座っている豪華な椅子に、改めて姿勢を正して座り直した。



「そうだな…。技術は50万でどうだ。」

「50万…ですか?」



しばらく黙っていたクソが、静かに口を開いた。どーせリオレッドの財務状況がどんな風になっているかなんて把握していないくせに。きっと金額だけ聞いて、驚いているんだと思う。



「そうだ。」

「一つ、いいでしょうか。」



王様の話を遮るようにして、ウィルさんがまた言った。この人もなかなか手ごわい交渉人だな~と相変わらず他人事みたいなことを考えた。



「そのドレスはテムライムで、いくらで売られているんでしょうか。」

「一万円だ。すでに10着分購入されていて、購入待ちの人が今50人以上いるそうだ。」


つまりもう、それだけで売上だけで言えば50万円は超えている計算になる。利益を考えればもう少し時間はかかるけど、それでも50万円なんてすぐに回収できる金額だ。



っていうの、計算できるかな~?リオレッド王様?



「王。」



小学生のいじめみたいなことを考えている私とは対照的に、すごく真剣な顔をしたウィルさんがクソを呼んだ。クソはその呼びかけに答える事もなく、ただ前を見ていた。



「50万は…、高くない金額だと思います。」

「たかが、糸を作る技術だろ?」



"たかが"がどれほど難しいことなのか、こいつには一生分からないんだと思う。もはや分かってほしいとも思わない。でもクソの言う通り、今回私たちが売ろうとしているのはただ"糸を作る技術"であって、"布を作る技術"ではない。



「まあ、一度聞いてくれ。」



今にでも自国の王に対して交渉をし始めそうなウィルさんを一旦止めて、テムライム王様は言った。ウィルさんはやっぱり真剣な顔をしたまま、「はい」と答えた。



「50万で技術を買ってくれたら、今度は30万円分の糸を買う約束をさせてくれ。そしてその後、また50万円分の布を買ってほしい。」



相変わらず淡々と、王様は話を進めた。クソはそれを眉間にしわを寄せて聞いていた。計算難しいよね~?ぷぷぷ。



「そしてドレスが出来たら、70万円分はリオレッドで買い取らせてくれ。」

「お互い、100万円ずつ…。」



王様の話を要約してパパが言った。

王様はまたにこやかに笑って、「そういう事だ」とはっきり答えた。



「もちろんこれから、糸の値段や布の値段、ドレスの値段は話し合わなければいけないから、この金額はあくまでも目安だ。」



リオレッドで実際糸が作られたとして、それがテムライムと全く同じ単価になるとは限らない。だから購入する量や金額に関しては、実際に取引が始まってからも調整すべきことなんだと思う。



「でも最終的にお互いが同じ金額を支払えるよう、調整しよう。対等にな。」



最後の念押しと言わんばかりに、"対等に"を強調して王様は言った。正面から見たら後光がさして見えるかもしれないなと思いながら、私はやっぱりマネキンみたいに大人しく椅子に座っていた。



「すごく、素晴らしい提案だと思います。」



するとクソが発言する前に、ウィルさんが言った。クソはウィルさんの方を厳しい目つきでにらんだけど、ウィルさんはそれを全く気にしていないようだった。



「ただ…。」



そしてウィルさんは少し悲しそうな顔で続けて言った。クソはさっきの厳しい目つきを少しだけ緩めて、またウィルさんの方を見た。



「人手の、問題だろうか。」



ウィルさんが発言する前に、王様が言った。するとウィルさんは少し目を丸くして驚いた顔をした後、「はい」と小さな声で答えた。



「おかげさまで今、ルミエラスでもリオレッドのドレスは人気でして…。これ以上作る量が増やせない、と言うのが現状です。」



さっきまで厳しい目つきをしていたクソが、満足げな顔になってドカンと背もたれにもたれた。私たちの提案はリオレッドにとっても素晴らしいことなのに、何がそんなに気に入らないのか全く分からなかった。



「そこでだ。」



王様は、今日何度目か分からない攻撃を繰り出した。心の中の小さなおじさんが、また「イケイケ~~!」と言って叫び始めたのが分かった。



「恥ずかしい話だが、テムライムは今も行き場のない失業者を抱えている状況だ。」



困った顔でそういう王様の話を、クソはやっぱり生意気な態度で聞いていた。

後ろから背中ピーンって伸ばしてやろうか?



「リオレッドでその失業者を、雇わないか?」



王様の言葉を聞いて、クソ以外の人たちは目を輝かせていた。あいつさえいなければ、もっと産業を盛り上げられた気がする。リオレッドの経済的な成長も自分が押さえつけようとしていること、彼は気が付いているだろうか。



気が付いているわけ、ないか。



生意気に座るクソを見ていたらもはやかわいそうになってきた私は、みんなに分からないように小さくため息をついた。しばらくそのまま、会議室には静かな空気が流れ続けた。

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