第40話 おかえり


「ねぇ、パパいつ帰るの~?」

「う~ん、いつだろうね?」



そして次の日の夜になっても、エバンさんは帰らなかった。

そんなにすぐに帰って来るとは思わなかったけど、待っている間に何の情報も得られないことをもどかしく思った。



――――こんな時、スマホがあれば…。



この世界に来て何度もそう思ったけど、今回がきっと一番強くそう思っている。



「寝て起きたら帰ってるかもね!」

「そうかも!」



ソワソワしているのを子どもたちの前では隠していたつもりだったけど、きっと隠しきれていなかったと思う。それなのにやっぱりたくましい子どもたちがそう言ってくれたのは、もしかしたら不安そうな私を安心させるためだったのかもしれない。



「そうね。そうかもしれないから、早く寝ようか。」

「うん!」

「うん!」



本当に、成長したな。

それぞれおやすみと笑顔で言ってくれる子どもたちを見ていたら、何だか泣きそうになった。



「はぁ。」



子どもたちが寝静まった後、デジャブか?と思うくらい同じ状況になったことにため息をついた。

昨日はベッドに入ってからもしばらく寝られなかった。今日だってきっと同じようになるんだろうから、今日はそもそも早く寝ようとするのをやめることにした。



「本でも読もう。」



独り言を言いながら窓際の椅子に座って、書斎から持ってきた本を開いた。子どもたちがいると、なかなかこんな風にゆっくり本を読めるときもない。この時間ですら有効活用してやろうと決めて、本の世界へとの入り込むことにした。





「…ん?」



しばらく本を読んでいたところまでは記憶があるんだけど、どうやらその場所で寝てしまっていたらしい。次意識を取り戻した時には、両肩を誰かにつかまれている感覚があった。敵襲か?


「起こしちゃった?」



なんて思ってソワソワし始めた私の心とは正反対な穏やかな声が、右耳をくすぐった。ゆっくりその声の方を振り返ってみると、そこにはやっぱりエバンさんの姿があった。



「エバンさん…っ。」


私は勢いよく立ち上がって、見送った時のように彼をギュっと抱き締めた。するとエバンさんはクスクス笑った後、「ただいま」と言った。



「大丈夫?ケガはない?交渉はどうなった?」



気になったことを一気に口にすると、エバンさんはやっぱり穏やかな顔で笑った。そして私の口に自分の人差し指を付けた。



「まずは"おかえり"でしょ?」



まるで子供みたいな理由で怒られて、一気に恥ずかしくなった。一旦落ち着くためにも「ふぅ」とわざとらしく息を吐き出して、エバンさんの顔を見た。



「おかえり。」



そしてとても丁寧に言った。するとエバンさんは私の頬に手を添えた後、「ただいま」ともう一回言った。




「ケガはないし、団員もみんな無事だよ。それに人質も、助けられた。」



さっき聞いたことを、エバンさんは一気に答えてくれた。エバンさんの口からそれを聞けたら、心の底からホッとする感覚があった。



「寝よっか。」

「うん。」



エバンさんはそう言って、私の両肩を持ってベッドへと連れて行った。私たちが普段寝ているベッドを見下ろすと、そこでは子どもたちがそれぞれ大の字になって寝ていた。



「どうしよう?」

「ね?」



途方に暮れて、目を合わせて笑った。それはいつも通りの光景なはずなのに、なんだか今日は一段と幸せに感じる気がした。



「みんなには悪いけど、いつもの場所に戻そうか。」

「そうね。」



一人ずつそっと抱き上げて、それぞれのベッドに寝かせた。ちょっとやそっとのことで起きないうちの子たちは、ベッドを移動したことなんて気が付く素振りも見せないまま、穏やかな顔で眠っていた。



「じゃあ改めて。」



エバンさんはそう言って、ベッドに入った。そして両手を広げて、おいでのポーズを取った。



「うん。」



その手に導かれるようにしてベッドに入って、エバンさんの胸に自分の顔をうずめた。するとエバンさんは両手で包み込むように私を抱きしめた。



「よかった。」


なにが良かったのか分からないけど、彼はつぶやくようにして言った。そうしている間も私を抱きしめているエバンさんの手が、いつもより少し強い気がした。きっと彼は私が思っているより、私や子供たちが怖い目をしたことを後ろめたく思っている。それに交渉に行くってのにも、不安はあったんだろう。



その腕の強さでいろんなことを察した私は、しばらくそのままの状態でいてあげることにした。



「あったかい。」



やっぱりエバンさんのいない夜は、すごく不安だったみたいだ。いつものぬくもりを感じていると、自然と眠気に襲われた。



「ね、エバンさん。」

「ん?」



頭を優しく撫でてくれているエバンさんを呼んでみた。当たり前なんだけど、彼はとても優しいトーンで返事をしてくれた。



「キャンプって、キャンプファイヤーするの?」

「なにそれ。」



私の意味が分からない質問を聞いて、エバンさんはすごく戸惑った声を出していた。その反応が面白くなって、私はクスクスと笑った。



「なんでもない。」



前世ではただ泊ってご飯を食べるだけの目的でキャンプをすることがあったって言ったら、エバンさんは驚くだろうか。私だってやったことがないんだからどんな気分になるのかは分からないけど、リフレッシュしたいときにやってみてもいいかもななんて考えていたら、その間に眠気に完全に負けてしまった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る