第38話 円だけじゃなく縁でつながる関係を


「人質の奪還はもちろんだが…。」



私達がお互い納得した様子を汲み取って、ラルフさんが言った。するとエバンさんは、今度はその瞳を少し揺らしながらラルフさんを見ていた。



「その先にある"黒幕"のことを聞き出すことも、大きな目的の一つだ。」



エバンさんはその言葉に、「そうですね」とはっきり答えた。それでも瞳が揺れているのはきっと、不安を感じているからなんだと思う。優しい彼だから、自分が失敗したらみんなの努力も無駄になると、そんなことを考えているんだってのがよく分かる。


でもこれは騎士王になるために、彼が乗り越えるべき壁だ。本当は一緒に行って助けたい気持ちを何とかおさえて、すべてを彼に任せることにした。



「私は今回、黒幕にいるのはある程度の財力を持った集団だと思っています。」



船まで用意して私を売り飛ばすルートを見出すなんて、山賊の人たちに出来るとは思えない。それにドレス工場で最近失業者が出ていて、その人達が私を恨んでいるなんて情報を掴めるのは、政治的なことに関わっている人であるに違いない。


下手をすればディミトロフ家にとても近い、ラグジュのような身分の人たちが絡んでいてもおかしくはないなと刑事の私は言っている。



「でも今や、ディミトロフ家の財力はかなり成長しています。」



あのドレスの一件があってから、ディミトロフ家はラグジュの中でも一番の財力を持った一家になった。ラグジュの中では1番だって自信を持って断言できるほどに。



「だから交渉の最初の段階で、その財力を余すことなくちらつかせてください。」



ラルフさんとワシライカ地方の人たちをつないでいたのは、財力ではなかった。昔からラルフさんが信頼を作り上げてきてくれたから、一度は壊れてしまっても、関係をすぐに紡ぐことができた。



「きっとカワフルの人たちと黒幕をつないでいるのは、財力だけです。」



私を売り飛ばすという事を目的にしていたのが、彼らが財力だけでつながっている証拠とも思える。

きっとカワフルの人たちは円のために動いているだけで、そんな関係はより大きな財力を見せつけることで簡単に壊すことが出来る。



「情報を円で買うようなイメージで交渉を進めてください。でもただ情報を買うというだけではいけません。今後も関係が続けられるような風に持って行きましょう。」



誘拐は結局失敗に終わった。だからきっとカワフルの人たちは、円を得ることが出来なかったかもしれない。もしかすると手付金みたいなものはもらっているのかもしれないけど、それ以上に大きな円をちらつかせれば、きっと情報なんて簡単に売ってくれる。


でもそれだけで終わらせてしまえば、今後同じように裏切られてしまう事にもなりかねない。



「例えば今抱えている仕事よりもっと大きな仕事を斡旋するよう、王にも進言する。もしその情報が得られないんだとしたら、その大きな仕事はワシライカにすべて回す。というような交渉の仕方がいいと思います。」



みんなは静かに私の話を聞いてくれていた。

今回はエバンさんに任せるなんて言いながら、アドバイスをしている自分がいることに気が付いた。でもここで止めるわけにもいかなくて、私はただ淡々と話を進めた。



「ルミエラスから色々な技術が入ってきて、今度ワシライカやカワフルの人たちが請け負える仕事はどんどん増えていくと思います。」



ルミエラスから色んな技術が入ってきたら、いわゆる建設ラッシュがこれから起きていくと思う。そうすると大工さんの手がどんどんと必要になっていく。

カワフル地方の人たちもワシライカの人たちも大工仕事を得意としているんだから、これから積極的に仕事を斡旋してもらえるということはすなわち、今単純にお金をもらうよりお金を稼げる提案をすることに等しい。



そしてワシライカやカワフル地方の人々とかかわりを持つことで、私達がどこ一家よりも早く王に必要な手を提案することできる。そうすることで王にも恩を売ることが出来るというあざとい裏テーマがあることは、秘密にしておくことにした。



「信頼関係を築くのは簡単ではありません。円でつながっているだけの関係は、すごくもろいです。今後の仕事の斡旋を約束することで、それだけじゃない関係を少しずつ作りましょう。それがいつかきっと、何かの役に立つはずです。」



発言しながら思った。

やっぱり私って、根本からあざとい人間だなと。



いいことを言っている風にして、実は自分たちの利益をどこかで考えてしまっている気がする。それに気が付いたらなんだか後ろめたい気持ちにもなり始めたけど、誰かを傷つけているわけでもないしいいかと、自分で自分に言い聞かせた。



私が話し終わると、部屋の中は一気にシーンと静かになった。その空気の中ただ座っていると少し罪悪感が増す感じがしたけど、その静寂を割くようにラルフさんが「その通りだ」と言った。



「リアの、言う通りだ。頼んだぞ。」

「はい。」



エバンさんは力強く、ラルフさんに返事をしていた。

彼の目がもう全く揺れていないのを見て、まだ交渉も始まっていないのに少し安心している自分がいた。

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