第67話 もうどうにでもなってしまえ



「それでね、王様に直接指示を出してほしい事伝えたいんだけど、どうやって伝えるのがいいと思う?」




エバンさんに考えてほしかったのは、王様への伝え方だった。やっぱり察しが抜群にいいらしい旦那様は、私の質問を聞いた後「う~ん、そうだね…」と言ってしばらく黙りこんでしまった。




「僕たちが個別に城に入ったり、トマスさんと秘密裏に会ってたりしたら、どこかでオルドリッジ家側の人間に見られるかもしれないし…。」



本当にその通りだと思った。

この世界でいい人ばかりに出会ってきた私だけど、王城の人全員が信頼できる人だと把握できているわけではなし、どこで誰が監視しているかも分からない。

"ディミトロフ家が王様と個別に接触している"ということを知られた時点で、何か私たちが王様に助言をしたと知られることになってしまう。



「給仕服着て、王城に潜入しようかな?」

「君は多分どんな服を着ててもバレちゃうと思うよ。」

「だね。」



いっそのこと王城に忍び込んでやろうかと考えた。忍者みたいで楽しそうだし。それに一回ルミエラスから抜け出した実績あるし。


でももうテムライムでも私の顔はずいぶん広くなってしまっているし、なにより昼間に変装して忍び込んだら怪しくてその場で止められてしまう。それで捕まってしまったら、元も子もない話だ。やりたかったけど。



「いや、違うな。」



やっぱり潜入案が何とか採用されないか考えていると、急にエバンさんがひらめいたように言った。何が違うんだろうと思って彼を見つめると、エバンさんは自信ありげにニヤっと笑った。



「逆に堂々と提案しよう。」

「え…?」



自信ありげな顔のまま、エバンさんは言った。

思ってもみない提案をされたことに驚いて、私はただエバンさんを見つめ返すしか出来なかった。



「隠して伝えても、いずれ君の手がかかっていることくらいはバレる。だから堂々と会議で提案するんだ。”失業者に作らせよう”って。」



確かにエバンさんの言う通りだ。

何か裏の手を使って伝えたとして、その後私がキャロルさんと量産に向けて話し合いなんか始めたら、そんな噂はすぐに回る。言われてみれば後から私たちが王に助言をしたことがバレる方がたちが悪い気がした。



「確かに王から指示を出してもらうのが効率的だ。でもみんなの前で堂々と提案して、僕たちだけじゃない、他の家の人たちも賛成してくれたなら、アイツらだって何も言えないだろ?」

「確かに…。」



よく考えてみれば、それは私が"民主主義的"なんて言い訳をしながら、いつも使っている手法だった。

自分の提案した案をみんなで承認させることで、あたかもみんなで決めたみたいな雰囲気に作り上げる。そしてそこで断ったとしたら心象が悪くなるから、受け入れざるを得ないという方法。



もしかして私はこの世界で出会った話の通じない敵におびえて、”いつも通り”に出来ていなかったかもしれない。今回は何度もそんな基礎的なことをエバンさんに教えてもらうなと思っていると、彼は優しく笑って「リア」と私を呼んだ。



「次の会議で僕が提案するよ。」



その言葉はとても優しく、そして同時にとても強いものだった。

思わずその強い言葉に聞き惚れてしまっていると、エバンさんは私の大好きな笑顔でクシャっと笑って、大きな手を私の頭にポンと置いた。



「君が提案するよりは、僕がした方がいいと思うから。」




いつもより数倍もエバンさんがたくましく見えた。でもそれと同時に、私の中で一つの不安が芽生え始めた。



「でも、大丈夫かな?他の家の方がに反対されて、結局どうにもならないって…。」

「大丈夫。」



不安をそのまま口に出した私の言葉を遮るように、エバンさんはまた強く言った。



「今までだって大丈夫だったんだ。きっとうまく行く。それに僕たちはみんなのためになることを提案するんだ。大臣たちの懸命な判断を信じよう。」



まるで自分に言い聞かせているみたいな言葉だった。でもその言葉は今まで聞いたエバンさんの言葉の中で一番強く、そして安心できるものでもあった。



「エバンさん、なんか…。騎士王っぽい。」

「なんだよそれ。まるで僕が今まで頼りなかったみたいに。」



思ったことをそのまま口にすると、エバンさんは私の髪をくしゃくしゃに撫でながら不満そうに言った。私は子供みたいに無邪気に笑って、「ごめんなさい」と反省していない表面上の謝罪をした。



「強くいないと、リアが騎士王の座を奪いかねないからね。」

「もう、エバンさんまで…。」



ラルフさんがそんな話をしていたと聞いたけど、エバンさんにまで言われると思わなかった。頬を膨らましてエバンさんに抗議すると、今度はエバンさんが心のこもってない「ごめん」を言った。



「私、エルフだよ?エルフって体が弱いからどんどん減っちゃったって話、エバンさんも知ってるでしょ?」



この書斎で見つけたエルフの歴史には、そんなようなことが書いてあった。もし知らないんだとしたら今すぐにでも読ませてやろうと思って怒ると、エバンさんは楽しそうにクスクス笑った。



「みんな君みたいなエルフさんなら、今頃国中エルフだらけだったかもね。」

「もう!」

「冗談冗談。」



怒ってエバンさんの胸をコツンと叩いた私のこぶしを持って、エバンさんはまた楽しそうに笑った。そろそろ本気で拗ねてやろうと思って、私はエバンさんをにらみつけた。



「もう…っ、エバンさんなんて…っ」



知らないと文句を言おうとしたその時、エバンさんは持っていた私の手をギュっと自分の方に引き寄せた。そして抗議の意を表明しようとしていた私の口を、自分の口を重ねてふさいだ。




「…んっ。」



そしてそのまま彼は、深くて熱いキスをした。唇から伝わる熱が私の中にたまっていた怒りとか不安を全部溶かして、流していくような感覚がした。



「僕なんて…、どうするの?」



はあ、もう。どうにでもなれ。

国のことなんて、もうどーにでもなってしまえ。


どうやらエバンさんの熱いキスで、私の脳みそまで溶けてしまったみたいだった。私はしばらく何も考えられなくなって、ただ笑っているエバンさんの顔を見つめ続けた。

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