第68話 とうとう虫を育てる…?


「それで?もう一つの課題を教えてくれないかな、か弱い僕のお姫様。」



溶けた脳みそでもその言葉は理解できたらしく、私はなんとか「うん」と言った。そして意識を取り戻して、キャロルさんから聞いてきたもう一つの課題について話す事にした。



「えっとね、コガネムシヤマネコの数が足りないんだって。数が足りないから作れる量が少ないらしくて…。」

「とうとうリアは虫を育て始めるのかな?」



机の上に置いてあった図鑑を手にして、エバンさんはニコニコ笑った。私はすごく嫌な顔を作って、「まさか」と言った。



「その図鑑にね、コガネムシヤマネコは湿気の多い場所が好きって書いてあったの。もしかしてテムライムより雨の多いリオレッドの方がたくさんいたりしないかな?って思ったんだけど…。」



エバンさんはなぜか楽しそうに笑いながら私の話を聞いていた。

全然笑い事じゃないんだけどなと不服に思いながらも、私は話を止められなかった。



「もしいたとしてもね、リオレッドにその糸を取る技術を教えて素材を買うことになったら元も子もないでしょ?今はこちらの売る量を増やすことが課題なのに。それにシルクだって、最初はそこでしか作れないからみんな買いに来たのであって…。」

「それで?シルクはずっとその場所でしか作られてなかったの?」



弾丸トークをする私の言葉を止めるみたいに、エバンさんが聞いた。突然予想外の質問をされたことに驚きながら、私は「いや」とそれを否定した。



「詳しくは覚えてないけど、そのうちどこでも作られるようになったはず…。」

「だとしたら、遅かれ早かれリオレッドでも作られるようになるんじゃない?」



確かに。

今その製法を伝えずにいたって、リオレッドでもいつかコガネムシの糸を使った生地が開発されるかもしれない。っていうかもしテムライムで成功したって話をしてあの素晴らしいドレスをリオレッドでもルミエラスでもお披露目したら、みんなこぞって作り方を模索し始めるだろう。



「そっか。わかった。」



エバンさんのセリフを聞いて、私は一つの案にたどり着いた。でもこれも全て、コガネムシがリオレッドにも生息していることを前提にした案で、そこがはっきりしないことには今後の対策を練ることも出来ないなと思った。



「そもそもリオレッドにいるのかな…。」

「じゃあやっぱり育てようか。」



グダグダと後ろ向きなことを言う私に対して、エバンさんはやっぱり笑顔で言った。

この状況を打開するためにはそれも致し方ない事なのか?と一瞬は考えたけど、やっぱり嫌なもんは嫌だ。


交易の道がコガネムシヤマネコロードって呼ばれるためにコガネムシを育てよう!って、どう考えてもアホすぎるだろ。絶対それ間違ってるだろ。



「多分育てるんだとしたら僕の方が向いてると思うよ。」



また訳が分からないことを考えている私に、エバンさんは楽しそうに言った。そして持っていた図鑑の中にある、コガネムシのページをサラッと開いた。分厚い本なのにあまりにすんなりそのページを開いたもんだから、何となく違和感を覚えてエバンさんの方を見つめた。



「僕はね、本はあまり好きじゃなかったけど、この図鑑だけは何度も見たんだ。」



私の違和感を解消するかのように、エバンさんはそう言って笑った。言われてみればその図鑑は、他の植物図鑑とかよりずっとボロボロな気がした。



「この図鑑を見ながら、よく父さんと本物を捕まえに行ったよ。」

「そ、そうなのね…。」



やっぱりエバンさんもアルみたいに、昔は無邪気に虫を追っていた頃があったのか。私がリオレッドの現王に殴られる事件がそもそも起きたきっかけも虫が原因だったと言おうかと思ったけど、それをエバンさんに伝えたら今後コガネムシの話もさせてもらえなくなりそうだと思ってやめることにした。



「そして僕は、この図鑑の作者を知ってる。」



エバンさんは続けて得意げに言った。思わぬセリフが出てきたことに驚いて、私はエバンさんを勢いよく見つめた。



「ご存命なの?!」

「うん。ピンピンしてらっしゃるよ。」



エバンさんはそう言いながら、失礼なことを言いながら驚いている私を笑った。

私はどこからか湧いてきた可能性という希望を逃がさないようにするために、両手を胸の前でがっちりと結んだ。



そんな私を見て、エバンさんはもっと楽しそうに笑った。そして持っていた図鑑を、私の方に差し出した。



「会いに行くかい?」

「うんっっ!」



もはや質問と同時かと思えるほど素早く、私は返事をした。エバンさんは子どもたちを見るみたいな優しい目をしてクスクス笑っていたけど、子ども扱いされていることが気にならないくらいの希望に、私の胸は満たされていた。


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