第65話 お肌の曲がり角も過ぎて…



「えっと…。」



そしてそのまま家に帰った私は、そのまま書斎へと向かった。



「あった。」



手に取ったのは、暇を持て余していた頃にみたテムライムの昆虫図鑑だった。虫は苦手だから本当は見たくなかったんだけど、あの頃確かサーシャに言われて手に取った図鑑を、私は数年ぶりに引っ張り出した。




人手不足という課題の解決方法は少し見えてきた。もう一つキャロルさんから課題として聞いた"ヤマネコ不足"を解消するためにも、何か出来ることはないか。そう考えた私は出来るだけ気持ち悪い虫のページを見ないようにしながら、ペラペラとページをめくった。




「あった。」



記憶にあった通り、図鑑にはヤマネコが絵がでかでかと描かれていた。見た目はやっぱりコガネムシみたいな感じで、体は光り輝いてキレイだった。



「にしてもキモいけどな…。」



だからと言って虫嫌いな私にとってはただの"虫"に変わりない。私は若干リアルな絵から目をそらしながら、ヤマネコの説明を読み込んだ。




「ふ~ん…。」



図鑑によれば、ヤマネコは湿気の多い場所を好む虫らしい。湿気の多い場所に虫がいるとか、私にとって最悪のコンディションだな~とぼんやり考えた。



「湿気…?」



湿気ってことは…。

テムライムより雨の多いリオレッドの方が、たくさんいたりするの、かな?



リオレッドにいた頃は、勉強をしたとしても虫の図鑑なんて手に取ったこともなかった。たまにアルが持ってきていたずらで見せようとしてきたことがあったけど、私はその度にメイサの後ろに隠れて出来るだけ見ないようにしていた。



「くっそ、アル…。もっと強く勧めてくれよ…。」



めちゃくちゃ理不尽なことを口にしてみたけど、口にしたところで今更知識が降ってくるわけもない。せめてこの間リオレッドにいく前に知りたかったと、元も子もない後悔をし始めた。




「例えば…。」



例えばリオレッドの方がヤマネコがたくさんいると仮定しよう。仮定したとして、リオレッドでヤマネコの糸を量産して、それをテムライムが買って…。



「ってそれじゃまた貿易赤字が大きくなるじゃん。」



リオレッドから買うものの量が増えたせいで貿易摩擦が起きたのに、また買うものを増やそうとしてどうする。自分に自分でツッコみを入れながら、もう一度冷静に考えてみた。



「でも例えば、将来の投資として赤字を広げてでも糸を買ったとしたら?ん~、でもそれじゃ、その技術までリオレッドに売ることになるか…。」



私はそこでシルクロードのことを思い出した。そもそもシルクロードとは、今の中国からヨーロッパまでの交易の道のことを大きく指す言葉だ。確かもとは中国でしかシルクの加工の技術がなかったから、それがインドとかに輸出されたのが始まりだった気が…。



「ん~~~っ。ダメだ…っ。わけわかんない!」

「リア。」



ついに訳が分からくなり始めた私の頭にスッと入り込んできたのは、エバンさんの声だった。私は知らないうちに頭を抱えていた両手を降ろして、書斎の入り口の方へと顔を向けた。



「おかえり。」

「た、ただいま。」



一人でペラペラと話していたことが急に恥ずかしくなって、うつむきながら返事をした。するとエバンさんは楽しそうに笑いながら、私の座っているところと机を挟んで対面にある椅子へと腰を下ろした。



「ほら。」


そしてエバンさんは私の顔の方に手を伸ばした。驚きながらエバンさんの方へと顔を向けると、彼はそのまま指で私の眉間をスッとなぞった。



「難しい顔になってるよ。」



エバンさんの手で、知らないうちに入っていた眉間の力がスッと抜けた。すると自然と笑みがこぼれてくるのが分かった。



「ほんとだ。」



これではしわが増えてしまう。

まだまだ20台だけど、お肌の曲がり角は25歳らしいから、こっちの世界でも私はその年齢を超えてしまった。ここからは本当に降下していく一方だよと、元アラサーOLの私が自分自身に言った。




「さあ、そろそろ僕にも話してもらおうか。」



私のそんな様子を見て、にっこり笑ったエバンさんが言った。

そう言えば私はまだ詳しく何をしようかエバンさんにすら話していない。やっと少しは考えがまとまってきたから早く報告しなくてはと、私は笑って「うん」と大きくうなずいた。



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