第59話 誰でもみんな魔法使いなのかもしれない


「それじゃ、行ってきます。」

「はい、行ってらっしゃいませ。」


私たちはさっそく、次の日全員でお出かけをすることにした。

長い遠征帰りで疲れているだろうからもう少し休んでからでもいいと言ったけど、エバンさんは「疲れてない」と言い張った。



「さあ、どこへ行こうか。」

「う~んと…この子たちが思いっきり走り回れる場所!」



いつもは給仕さんとか警護のおじさんが付いてたりするけど、今日は正真正銘の家族水入らずでお出かけが出来ることになった。エバンさんも毎日忙しいし遠征も多いから、こんなことはこの子たちが生まれて初めてな気がする。



もうすでに楽しくなってワクワクしながら言うと、エバンさんは「う~ん」と考えた後、「分かった」と言った。そしてエバンさんがケンを、私がカイをウマに乗せて、どこに行くか分からないままエバンさんについていった。



「うわぁ!」



ウマを少し走らせたところにあったのは、どこまでも続いているんじゃないかとすら感じられるほど広い草原だった。私たちが住んでいるあたりは家も店もたくさんあって栄えているから、近くにこんな何もない場所があるなんて全然知らなかった。



「わぁ~!」

「うわぁ~!」



私の感動した声を真似して、二人が目を輝かせて言った。それを嬉しそうな顔をしてくれているのを見ているだけで、とても幸せな気持ちになった。



「気に入った?」



自分がウマから降りた後、軽々とケンを降ろしながらエバンさんが言った。

私は大きく一つうなずいて、「すごい!」と言って感動を伝えた。



「たまに来るんだよ、ウマスズメの乗りこなしの練習のために。」



確かに何もない平坦な草原が広がっているここは、ウマの練習にはピッタリだと思った。エバンさんは私が草原に見とれている間に、慣れた様子で木にウマをくくりつけた。そして少し悪い顔をしたと思ったら、唐突に走り始めた。



「おいで!」

「ぱぱぁ~~!!」



エバンさんが走り始めたのを見て、二人は一斉にエバンさんを追いかけ始めた。三人の背中が遠くなるのをジッと見つめて、「幸せだな~」ってまた思った。



「ままぁ~~!」

「はぁい!」



遠くにいる三人が、私に手を振っていた。

それにこたえるように大きく手を振り返すと、三人はニコニコ笑って今度はこちらに向かって走ってきた。



「ままぁ!」

「まんまぁ!」

「リアっ!」



近づいてきた三人が、同時に私を呼んだ。すごく愛おしくなって、なぜだか笑いがこみあげてきた。



「ほら、今度はリアも。」

「え?…きゃあっ!」



エバンさんはそう言って、私の手を引いて走り始めた。


彼の大きな背中を見て、ふと出会ったあの日のことを思い出していた。あの日も彼は私の手をこうやって引いて、私の前を走ってくれた。



「ままぁ!」

「まってぇ!」



あの日と違うのは、私たちの後ろを天使たちが追いかけてきていることだけだった。あの頃の私に数年後にこんな幸せなことが起こっているっていったら、信じてもらえるだろうか。



――――私はきっと、信じないんだろうな。



「いたぁいっ。」



するとその時、走っていたカイが思いっきり転んで泣き始めてしまった。可愛そうになって抱き上げてあやそうとすると、エバンさんが私より先にカイの方に寄っていった。



「ほら、立って。」

「ぱぱぁ…。」

「大丈夫。痛くないだろ?」



それでもカイは痛いといって泣き止まなかった。ケガもしていなさそうだし大丈夫なんだろうけど、私もカイの前にしゃがんで目線を合わせた。



「痛いの痛いの~、飛んでけ~!」



エバンさんに向けて、何の疑いもなくやった。するとエバンさんはキョトンとした顔で、私を見た。



「何それ。」

「え…?」



クセというか長年の習慣というか、子どもの痛さを紛らわす方法と言ったら、私の中にはこれしかなかった。でもよく考えてみればここは異世界だ。同じものがあるわけないってどうして考えなかったんだろうと、急に恥ずかしくなった。


でも…。



「ちょっと、とりあえずカイと同じところ痛がって。」



異世界だろうとなんだろうと、このおまじないには効果があるはずだ。

小声でエバンさんにそう伝えると、彼も何かを察したかのように「うん」とうなずいてくれた。



「痛いの痛いの~、パパに~飛んでけ~!」

「痛いっ!!」

「きゃははっ!」

「ふふっ。」



私に合わせて、エバンさんも大げさにやってくれた。すると泣いていたはずのカイも、心配そうに見ていたケンも、同時に笑い始めた。



「リア、すごい。」

「でしょ?私魔法使いなの。」



転生した当初、魔法を使ってみたかったと思ったことがあった気がする。

この世界には魔法どころか馬車だって存在していなかったけど、この子たちのおかげで、私は特別な"魔法"を使うことが出来るようになった。



いつだってこの子たちは、私に"頑張る魔法"をかけてくれる。

思っていた形とは違うけど、どこでだって人は魔法使いになれるのかもしれないと、楽しそうに笑っている愛おしい3人の笑顔を見て思った。

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