第47話 きっとどこかで見てくれている



「テムライムでの生活は、どうだ?」



しばらく二人で歩いていると、ラルフさんが唐突に聞いた。私がテムライムに嫁いで、今年で3年目を迎える。今さら何を聞いているんだって思ってみたけど、よく考えてみると二人でこうやってゆっくり会話をするのは初めてな気がする。



「楽しいです、とても。」



心配そうに聞くラルフさんを安心させるために、笑顔で答えた。安心させるために答えたけど、これは私の本音でもある。

するとラルフさんはそう答えた私の顔をチラっと見た後、「そうか」と嬉しそうに言った。



「皆さんによくしていただいて…。私にはもったいないくらいの環境で過ごさせていただいています。」



国際結婚なんて前例のないことをしたのに、テムライムの人々は私をとても暖かく迎えてくれて、その上町ぐるみで子育てを支えてくれている。ディミトロフ家のみなさんはもちろん、街の皆さんも含めて私にはもったいないくらい暖かい人たちに支えられているということ、日々肌で感じている。



「そんなことはない。」



するとラルフさんは笑顔で言った。その笑顔がエバンさんと重なってみえて、やっぱりそっくりだなと思った。



「テムライムが君にもらった恩はそれくらいじゃ返しきれない。みんなそう思っている。」



この国に返しきれないほど恩を私がもたらしたなんて、少し大げさすぎると思う。でもその言葉を聞けたことで、私もどこかで誰かのためになれているんだって少しは実感することが出来た。



「そう思っていただけてるなら本当に嬉しいです。」



"未来のためになることをしよう"


あの日じぃじがテムライム王に言った言葉は、今でも私の中でしっかり生き続けている。私が前世の記憶を持ってこの世界に産まれたのだって、きっと何か意味があるんじゃないかって、最近たまに思う。


だとしたら持っている知識は惜しみなく活用しようと思って今日も会議でどんな話がされるかって想像していると、ラルフさんは私を見て「ハハッ」と楽しそうに笑った。



そんな変な顔をしていただろうか。

不思議に思ってラルフさんを見ると、彼は「ごめんごめん」と謝りながらも、少し楽しそうに笑っていた。



「君を見ていると、なぜか父さんのことを思い出すんだ。」



ラルフさんは楽しそうな顔のまま言った。父さんとはつまり、浅田健司さんのことだ。



「父さんはいつもすごく新しいことを考えて、提案している人だった。まるで君のように。」



私と同じく前世の記憶を持って生まれたらしい浅田健司さんも、同じようにその知識を生かして"鎖国政策"を実行したりその反対に"開国"をしたりして、この世界のために働いていた。


それは本を読んだり浅田さんの手記を読んだりして知っているけど、改めてそう言ってもらえるとなんだか嬉しくなった。



「私も…。」



彼にはすごく縁を感じている。

嫁いだ先のおじい様が私と同じく"日本"から転生してきた人なんだって思うだけで、不思議と勇気が湧いてくる気がする。



「私もおじい様には、なぜだか会ったことがあるような気持ちになるんです。」



何度も何度も、あの手紙を読み返した。

そして何度だって励まされてきた。


そのうち会ったこともないのに、本当のおじい様みたいに思えるほど、親近感がわいている。



「見てくれてるんじゃないかな。」



ラルフさんは空のずっとずっと遠くの方を見て、穏やかな顔で言った。私もラルフさんの見ているずっと遠くの空を、じっと眺めてみた。



「自分の理想を継いでくれている君を、父さんはきっとどこかで見てくれてるんだ。」



浅田さんは亡くなってから、またどこかに転生したんだろうか。

それとも生まれ変わって、この世界のどこかで生きていたりするんだろうか。

もしかしてまた日本に生まれ変わっているのかもしれないし、今度はアメリカ人になっているのかもしれない。



考えてみてもその答えは出ないけど、ラルフさんの言う通り、浅田さんはどこかで私のことを見守っていてくれる気がした。



きっと一番近くで浅田さんを見ていたんだろうラルフさんが、私を彼と似ていると言ってくれた。だとしたらその期待にこたえられるように、これからも"未来のためになること"を精いっぱいしていこう。



そんな決意を固めながら見る空は、さっきよりもっと輝いて見えた。

私はそのキレイな空を目に焼き付けながら、ラルフさんのエスコートで会議室の方へと向かった。

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