第40話 テムライムが大好き!
「リア、起きて。」
「うぅん…。」
そして来たる祭り当日。
朝から張り切っているエバンさんに、やけに早い時間に起こされた。
エバンさんが遠征から帰ってきてからというもの、彼が夜泣きをしたカイやケンを私より先に起きて寝かせてくれるおかげで、夜ぐっすり寝れる日が増えた。
睡眠の平均時間だって一般女性と変わらなくなったはずだけど、それでも朝は等しく眠い。いつもならエバンさんが甘やかしながら起こしてくれるんだけど、今日は様子が違った。
「はやく。もう始まっちゃうよ!」
エバンさんはそう言いながら、私の体を無理やり起こした。そして半強制的に立ち上がらせて鏡台に座らせたと思ったら、すぐにティーナを呼んできた。
「急いでね!」
「かしこまりました。」
エバンさんのあまりの勢いに、ティーナも少し笑っていた。
エバンさんが子供みたいにはしゃいでいるのなんて初めて見た。最初は眠いと思っていた私も彼のそんな様子にワクワクし始めて、初めての祭りがどんなものになるのか想像を膨らませてみた。
「ティーナ、楽しみね。」
「そうですね。」
ティーナもどこか楽しそうな様子で言った。私からはあまり聞かないようにしているけど、エリスの情報によるとブルース君はティーナをお誘いしてくれたとのことだった。二人は祭りがフィナーレを迎える明日の夜に、待ち合わせをしているらしい。
後の私の仕事と言えば、自然にティーナを一人にして、待ち合わせ場所に向かわせることだった。
「おいしいもの食べられるかなぁ~。」
もちろん恋の行方だって気になるけど、エバンさんがあれだけ楽しみにするお祭りがどんなものなのかってことも同じくらい気になる。思わず本音を漏らしてそう言うと、ティーナは楽しそうに「ふふふ」と笑っていた。
☆
それから素早く支度をしてもらって、私がカイを抱っこひもで括り付けて、エバンさんはケンを軽々と抱いて家を出た。
「ほら、こっちこっち。」
何も分からないティーナや私を案内しながら、エバンさんはすごく嬉しそうな顔をした。その顔がまるで少年みたいに見えて、ティーナと目を合わせて笑ってしまった。
「すごいっ。」
「でしょ?」
一歩街に足を踏み入れると、街は全く別の場所みたいににぎやかに飾り付けられていた。私とエバンさんが結婚した時のパレードの時と同じようにカラフルな装飾が至る所にされていて、それがとてもキレイで見とれてしまった。
「最初のイベントがあるから行こう。」
見惚れている私を見て嬉しそうな顔をしたエバンさんは、私とティーナを広場の方へと案内した。広場にはいつもの数倍の人たちが集まっていて、みんな今か今かと祭りの始まりを待っているように見えた。
「見える?」
私が寝坊してしまったせいか、すでに広場にたくさんの人たちが集まっていた。そのせいで背のあまり高くない私の目には、ステージの上の方しか入ってこなかった。
「ううん、でも大丈夫。」
二人でいるならそのまま人ごみの間を割って前に行ったのかもしれない。でも今私たちはカイとケンを連れているし、それに少しでも見られるのなら充分だ。
自分のせいでこうなったんだから仕方がないと半分あきらめていると、前にいたおばさんが振り返って私たちの方を見た。
「あらっ。エバン坊ちゃまとアリア様じゃないですかっ。」
「ご、ごきげんよう。」
おばちゃんが大きな声で言うもんだから、少し驚いてしまった。やっぱり私ってプチ有名人になってしまったんだなと嬉しいような窮屈なような複雑な気持ちになっていると、そのおばちゃんの声でたくさんの人がこちらを見た。
「ほんとだっ。初めてお会いしたわっ。」
「本当にお美しい…。」
「赤ちゃんも連れてきてくださってる!」
思えばカイやケンを連れて街まで来るのは初めてだった。二人は人の多さに最初はキョトンとしていたけど、二人とも社交的なようでだんだん楽しそうに言葉を発するようになり始めていた。
だから二人の楽しそうな様子を見てもっと盛り上がった観衆たちは、さらにざわざわと騒ぎ始めた。
「アリア様はお祭り初めてかしら?」
「確かにそうね!」
「近くで見せてあげなくちゃ!」
盛り上がった観衆たちは、だんだんそんな会話をし始めた。こんなに騒がれると祭りの人たちが集中できなくなるからむしろ帰った方がいいのではないかと思った次の瞬間、集まっていた人たちが少しずつ移動して、私たちの目の前には1本の道が出来始めた。
「前へどうぞ、アリア様!」
最初に私たちに気が付いたおばちゃんが言った。人ごみに道が出来るなんて半分信じられない光景に驚いていると、エバンさんが私の肩にポンと手を置いた。
「ほら、リア。行こう。」
「でも…。」
自分のせいでこうなっているのに、先に来ていた人たちの前に行くなんて申し訳ない。そう思ってためらっていると、おばちゃんがにっこり笑った。
「存分に楽しんでください!」
短い一言だったけど、その一言で気持ちがダイレクトに伝わった気がした。
半分泣きそうになる気持ちを抑えながら大きな声で「ありがとうございます」と言って、私は前の方に進み始めた。
「楽しんでくださいね!」
「もっとテムライムのこと好きになってください!」
私たちが前に進むたび、そんな声が色々なところから聞こえ始めた。聞く度どんどん胸がいっぱいになる感じがして、ついにこらえていた涙が流れ始めた。
「ありがとう…っ。」
この国に来て、本当に良かった。
今までだってそう思っていたけど、心から来てよかったと思った。私がこの国に出来る事なんてすごく限られているんだろうけど、少しでも力になれるようこれからも頑張ろう。
1本通った暖かい道を進みながら、心の中でそう誓った。
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