番外編 メイサのリア観察日記
リア様は、すごくいい子だと思う。
年齢の割にわがままも言わないし、泣くことだって少ない。聞き分けもいいし、言ったことはすぐに理解してくれる。
これは今に始まったことではなくて、赤ちゃんの頃からそうだった。赤ちゃんなのにそんなに泣かないし、妙に視線を感じる時もあった。今もとても察しが良くて、まるで大人みたいだなと、よく思う。
「メイサ。ちょっとお隣まで行ってくるから、リアのことよろしくね。」
「はい、かしこまりました。」
私は赤ちゃんの頃、孤児院に捨てられていたらしい。
だから12歳のころまではシスターに育てられていたけど、ある日ゴードン様とアシュリー様が、私を家に迎え入れてくれた。
最初は不安だった。孤児院から拾われて行って奴隷のように使われてまた捨てられる子だって少なくないから、私もそうなるのではないかとどこかで思っていた。
でも現実は全く逆で、ゴードン様やアシュリー様はまるで家族のように私を扱ってくれた。普通はご飯だって別で食べるだろうに、一緒の食卓でご飯を食べて、そして家の中には私の立派な部屋まで作ってくれた。
「メイサァ~。忙しい?」
「大丈夫ですよ。」
リア様が産まれたあの日。
私は今まで受けた返しきれない恩を返すためにも、一生サンチェス家のために、リア様のために生きると決めた。
だからどれだけわがままを言ってくれたって泣きわめいてくれたってそれは私の喜びなのに、リア様はすごく大人びた子に育っていると思う。
今だって"忙しい?"なんて聞く必要はないのに、遠慮がちな顔をしてそう聞いた。
「晴れてるから、お外に行きたい!」
「はい、行きましょう。」
リア様は本がとても好きな子で、すごく賢い。その上好奇心旺盛で、教えたことは何でも覚えている。外に出ると本で見た花を指さして名前を言ったり、知らないものがあればこれは何かとよく質問をしてくれる。
「ねぇ、メイサ。」
「はい。」
「ここの草、すぐいっぱい生えちゃうね。」
草刈りを何度しても雑草が生えてくる場所を指さして、リア様は言った。よく気が付くのもよく見ているからなんだろうなって思いながら、「そうですね」と答えた。
「昨日雨が降ったから、土がちょっと濡れてるね~!」
「そうですね。」
そんなリア様が、最近泥遊びにはまっている。
よく服を汚してアシュリー様は怒っているけど、楽しそうに遊んでいるリア様を、出来るだけ止めないようにしている。今日はリア様が言った通り土が少し湿っていて、泥遊び日和のようだ。
リア様は嬉しそうに土を掘り返して、それをくるくると丸め始めた。
リア様が大人びているなって思う事の一つに、集中力の高さがある。一つのことに集中すると話が聞こえなくなるくらい真剣に考えて、しばらくその状態から帰ってこない。
周りが見えないほど集中するのは子供の特徴なのかもしれないけど、その集中している時間が長いから、いつも感心する。
今日も泥を丸め始めたと思ったら一切何も話さなくなったから、その間に私はさっきリア様が言っていた場所の草むしりをすることにした。
「でっきたぁ!!!!」
30分くらい経っただろうか。
何も言葉を発せず泥だんごを作っていたリア様が、いきなり大きな声を出した。おどろいてリア様の近くの方に寄っていくと、リア様は最後のしあげと言わんばかりにだんごをくるくると両手で丸めていた。
「見て!!!」
するとリア様は、私が近づいていたのに気が付いて顔をあげた。
そして丸めていた団子を手に乗せて、私の方に差し出した。
「今までで一番キレイっ!!」
リア様の言う通り、その小さな手の上にはピカピカに光っているくらい滑らかな泥だんごが乗っていた。ほほえましくなってリア様の顔を見てみると、手で顔をぬぐったのか、顔の中心に大胆に泥がついていた。
「ふふふ。」
それが可愛くて、思わず笑ってしまった。
なんだ、リア様もちゃんと"子供"じゃないか。
そんなのは当たり前のことなんだけど、子供らしい一面を見たら気持ちがほっこりする気がした。リア様は私が笑っているのを不思議な顔で見て、「もっとキレイなの作れるの?」と言った。
「いいえ。私にはそんなキレイなお団子作れません。」
「へへっ、そうでしょ~。」
泥を顔につけていたとしても、リア様は天使のように美しい。
私はこの美しい天使を守るために、この身をこの方に、そしてサンチェス家にささげていこう。
嬉しそうに泥だんごを見つめるリア様をみて、私はリア様が産まれた頃固めた決意を再確認した。
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