第60話 取り合いリターンズ


気を取り直してその後は、ウィルさんに案内されるがまま街中を回った。やっぱりどこに行ってもルミエラスの街はとても近代的で、とてもじゃないけど飢餓で苦しんでいる人がいるなんて、想像もできなかった。



「多分もう説明できるところは説明しつくせたかと。ヒヨルドさんから許可ももらっていますので、改めて見て回りたい方はご自由に回ってください。」



宿舎の前に帰って、ウィルさんがツアーの自由時間の前に言うみたいなことを言った。私は思わず想像して笑いそうになったけど、なんとかこらえて「ありがとうございます」と言った。



「ですがその前に。」



今にも私たちが解散しようとした時、ウィルさんはそれを止めた。そして私たちに向かって手招きをして、近くに寄るように促してきた。



「あまり小道には入らないように。この国の闇は、想像しているより深いので。」



近寄った私たちに、小声でウィルさんが言った。

ウィルさんがあまりに真剣な剣幕でいうから、私たちは思わず身構えながら「はい」と返事をした。



「驚かしてすみません。ではまた宿舎で会いましょう。」



ウィルさんの言葉を合図に、テムライムの人たちは一旦宿舎に帰るようだった。



「エバン、お前も好きにしてていいぞ。」

「はい。」



後ろでそんな会話が聞こえてきた。宿舎に帰る気なんてさらさらない私は、何か美味しいスイーツでも食べられないかとウィルさんに聞きに行くことにした。



「ウィルさん。ルミエラスの名産ってないんですか?出来ればスイーツで。」

「そうだなぁ。それならシオカラってのがおすすめだよ。」



塩、辛…?

いや、好きだけどさ。

日本酒と合わせたら最高だけどさ、

私が今求めているのはスイーツであって…。



いやでも待てよ。

カレーがアイスで、ワッフルがせんべいなんだ。

シオカラだって絶対に、美味しいに決まっている。



「どこにありますか?私食べに行きたいです!」

「えっとね。さっき銀行ダンデムに行ったでしょ?あの通りを右に行って…。」



それからウィルさんは道の説明をしてくれたけど、途中から半分覚えられなくなり始めた。


正直に言おう。

私は前の世界にいた頃から、極度の方向音痴なのだ。



「って、こんな口で説明しても分かりにくいよね。」

「は、はい…。」

「俺が行くよ。」



紙にでも書いてもらって人に尋ねながら行こうと思っていると、後ろからアルがそう言った。アルは私が方向音痴だってこと、痛いほど知っている。何度カルカロフ家で迷子になったことか分からない私を、アルは呆れた目で見た。



「お前、道聞いたっていけるわけないだろ。」

「そんなことないもん、地図さえ書いてもらえば…。」

「地図が読めたら、苦労ないんだけどな。」



アルの言う通りだ。地図が読めたらきっと私は方向音痴なんてすぐにやめてる。



「いいから。行くぞ。」

「うん…ありが」

「僕も行こうかな。」



素直にアルにありがとうと伝えようとすると、今度は後ろからエバンさんが言った。



「僕、スイーツ好きなんだ。」



そしてエバンさんは続けて言った。そう言えば前、エバンさんがワッフルを食べられないことを後悔していた話をそこで思い出して、出てくる前に買ってあげられなかった気の利かない自分を恨んだ。



「一人で行けよ。」



するとアルが、エバンさんにバチバチした視線を向けて言った。それを見たエバンさんも同じように、アルにバチバチした視線を向けた。



「みんなで行ったほうが楽しいだろ。ね?リア。」



そう言ってエバンさんは、こちらに視線を向けた。

こんなところで私に話を振らないでくれよと少し後ろ引きながら、「は、はい」と答えた。



「分かった。」



するとアルとエバンさんの間を割くように、ウィルさんがそう言った。

驚いてウィルさんの方を見ると、少し困った顔をして「僕も行くね」と言った。



「ウィルにぃがなんで…!」


するとアルが、今度はウィルさんにバチバチした視線を向けた。ウィルさんはそんなの全く気にすることもなく笑顔のまま、「いいだろ」と言った。



「お前たちだけじゃ不安だからさ。俺もついていくことにした。リア、いいよね?」

「もちろん。」



助かったと思いながら、私はウィルさんがサッと手配してくれた馬車に乗り込んだ。アルとエバンさんはまだバチバチした視線を向け合っていて、この光景を見るのも2回目だなとしみじみ思った。



取り合いリターンズの、始まりです。

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