第28話 カレーって、もしかして…


お互い照れてはいたけど、それから私たちは何となく縮まった距離のまま街中を歩き続けた。エバンさんはテムライムの伝統工芸品とか観光スポットとかを丁寧に説明してくれて、私はアドバイスとかそんなことを忘れて、ただただデートを楽しんでしまっていた。



やばいな、偉そうなこと言ったのになんにも見つかっていない。



むしろテムライムの街中は、リオレッドよりも栄えている気がした。アドバイスすべきところを探せば探すほど、こちらが学ばなければいけないことをたくさん見つけている自分がいた。



――――まあ、それはそれか。



途中から開き直って、盗むべきところがないかって視点でも街を眺めることにした。するとその時、ひときわにぎわっている一つのお店が目に入ってきた。



「あれ…。」



そこが何か気になって、思わず声に出してしまった。すると少し嬉しそうな顔をしたエバンさんが「行ってみる?」と聞いてくれた。



「何の、お店ですか?」

「最近できたお店で、"カレー"って呼ばれてるデザートが人気なんだ。」

「カ、カレー…。」



はい、出た~!

この世界あるある、食べ物の名前意味不明なやつ~!


と心の中で大きなツッコミは入れたけど、私はあっさりと「そうなんですね」と返事を返した。



「食べてみる?」

「はい、ぜひ…っ。」



ツッコミを入れてみたのはいいものの、スイーツなら食べてみたいという好奇心はいっちょ前にあった。私は「おいで」って言ってくれるエバンさんにいちいちキュンとしながら、人がたくさん集まっているカレーのお店へと近づいて行った。



「お坊ちゃん。ごきげんよう。」



その店でも、エバンさんはなれたように挨拶をされた。するとエバンさんに気付き始めたテムライムの若い女子たちが、「きゃあ!」と黄色い声をあげはじめた。



わかるわかる、イケメンだもんね。

そんでもって貴族の息子で騎士団の団長とか、

肩書までイケメンだもんね。



女子たちの気持ちを汲んで「うんうん」とうなずいていると、女子たちの視線がじわじわとこちらに集まってくるのが分かった。私は女子特有の"それ"を感じて、一歩後ろに身を引いた。



「今日はどうしたんですか?」

「はい。今日はリオレッドからお越しになっているお客様を連れてきました。おひとついただけますか?」



エバンさんがそういうのを聞いて、お店のおじさんが私を見た。女子たちの視線が集まる中で体をこわばらせつつも、私は「ごきげんよう」と何とか挨拶をしてみせた。



「は、はい。もちろん。少々お待ちください。」



おじさんは明らかに私にキュンとして、急いでカレーとやらの支度をし始めた。私は女子たちの視線を少しは気にしつつ、調理工程が気になって中を少し覗きこんでみた。



「リア、こっちにおいで。」


するとエバンさんは、私の背中を押して自分の前に連れてきてくれた。私がドキドキするより先に、それを見ていた周りの女子たちが「きゃああーーーーー!」とほぼ悲鳴みたいな声をあげた。



「ごめんね。」



エバンさんは小さい声で、私に言った。

ごめんとか思うなら今すぐ離れてくれないか、ドキドキしてしまうだろうが。と思った。



「ほら、みてごらん。」



そんな失礼なことを思っているっていうのはエバンさんにはバレていないみたいで、彼はガラス張りになっているキッチンの奥の方を指さした。するとそこには大きな入れ物みたいなものが置いてあって、その中からスプーンみたいなもので店員さんが白い塊をすくっていた。




どんな味が、するんだろう。


スイーツって言ったけど、もしかして本当にカレー味だったりして?


それはそれで嬉しいかもと思ったけど、私の口は完全に甘いものを求めている。私は店員さんがすくったそれを小さなカップに入れるまで、どんな味がするの半分はワクワク、そして半分は怖いなと思いながら眺めていた。




「どうぞ、お召し上がりください。」

「あ、あの…私…。」

「リア。お金のことはもう気にしないで。あとから払っておくから。」



私が次に何を言うのか予想して、エバンさんは先手を打って言ってくれた。今度は遠慮することなく「じゃあ」と言って、店員のおじさんからカップを受け取った。



「つ、つめたい…。」



カレーと呼ばれるそれは、手に持ったら冷たかった。そして近くで見ると私もよく知っているアレに似ている気がして、私のワクワクは加速し始めた。



「いただきます。」

「どうぞ。」



私が"カレー"を口にするまで、店の人たちがみんなこちらを見ていたと思う。でも期待に胸を膨らませてしまっている私は、そんな視線を気にすることもなく、渡されたそれを一口口に運んだ。



「…っ。」



それは紛れもなく、バニラアイスだった。17年ぶりに食べたアイスは懐かしくてなんだか切なくて、一口食べただけで涙が出そうになった。



「おい、し…っ。」

「よかった。」



でもみんなには私が本当に美味しさに感動しているようにみえるみたいで、店のおじさんもエバンさんもすごく嬉しそうな顔をしてこちらを見ていた。



「本当に、美味しいです。こんなのはじめて食べました。」



私はみんなの期待に応えるために、笑顔でそう言った。初めて食べたわけではなかったけど、初めて食べた時くらいの感動があった。

だから笑ったのだって建前だけじゃなくて、懐かしい味に再会できたことを本気で嬉しいと思っていた。



「そんなに喜んでくれるなら…もう一ついかがですか?」



すると私の笑顔に完全にやられたおじさんが、にやけた顔で言った。私はおじさんとおなじようににやけながら、「はい!」と元気に言ってみせた。



「リアは本当に美味しそうに食べるね。」

「え?」



二つ目のカレーアイスに手を付けた私をみて、エバンさんは言った。恥ずかしいなと思ってエバンさんの方を見てみると、目が合ってすぐ彼は「ふふ」と笑った。



「ついてる。」



エバンさんはそう言って、手を私の方に近づけてきた。そしてそのまま指で、私の口元をそっとすくった。



「ありがとう、ございます…。」



消えたい。恥ずかしくてこのまま空気に変わりたい。

顔が一気に熱くなって、私は思わずうつむいた。すると周りのギャラリーの女子たちが、またうるさく騒ぎ始めた。



もう色んなことが一気に起こって、目が回りそうだ。


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