第20話 お見送りワッフル


「ゴードンさん、お疲れ様です!」

「ああ、みんなありがとうな。」



港に着くと、お見送りに来たパパの会社の人たちが待っていてくれた。私はみんなにお嬢様モードで挨拶をして、精いっぱいの愛想を振りまいた。



「準備、出来てます!」

「あ、パパ!ワッフルせんべい買ってきていい?」



どのくらいの間ワッフルが食べられなくなるのか分からなかったから、やっぱり最後に一つ食べておこうって気持ちになった。でもパパは私の言葉を聞いて、すごくあきれた顔をした。



「リア、もう時間だから…」

「買う時間くらい、作ってあげてくれ。」



すると人ごみの奥の方で、私を援護する声が聞こえた。その声に聞き覚えがあった私は、勢いよくそちらの方を見た。



「じぃ…王様!どうしてこんなところにっ!」



それはやっぱり、じぃじの声だった。

まさか王様がこんなところに来ているわけはないと私を含めたみんなが思っていただろうから、みんな驚いて一瞬固まった後、すぐに敬礼の姿勢をとった。



「はは。可愛い孫娘にしばらく会えないかもしれないんだ。お見送りくらいさせてくれ。」



じぃじはそう言って頭を撫でてくれた。私は飛びついて抱きしめたい気持ちをおさえて、「ありがとうございます」と言った。



「リア。お前には本当に色々と負担をかけて…。すまないね。」



じぃじは本当に申し訳なさそうな顔をして言った。私はお嬢様モードのまま「とんでもございません」と言って、いつも通りにっこり笑ってみせた。



「初めての経験なので、私もとても楽しみにしてます。テムライム王のお力になれるよう、精一杯努めてまいります。」



半分建前だったけど、半分はちゃんと本音だった。

ワッフルせんべいが食べられない分、その他にも美味しいものを見つけなくちゃ。ドレスのデザインも、もしかしてリオレッドとは違うかもしれない。




それにテムライムに行けば、エバンさんに、会える。




ほとんどが不純な理由ではあるけど、あまり考えこんでいてはまた不安が増すだけだ。無理やりにでもテンションをあげていこうと心の中で思っていると、じぃじの後ろにいたミアさんが、じぃじになにか袋を渡した。



「船で食べなさい。」



素直に袋を受け取って中身を確認すると、中には絶対に一人で食べきれないほどのワッフルせんべいが入っていた。買いに行けなんて言っていたくせに、じぃじはしっかりと私の気持ちを読んで、それを用意してくれていたらしい。



「ありがとうございます。」



ありがとう、じぃじ。


心からの笑顔を見せると、じぃじもデレっとした顔で笑ってそれにこたえてくれた。私は改めて丁寧に礼をして、「行ってまいります」と言った。



「ゴードンも頼むよ。」

「はっ。行ってまいります。」



じぃじへの挨拶を終えた私たちは、見送ってくれる人たちに手を振って船に乗った。船に乗るのは2回目だけど前に来た時とは気持ちが全然違う。

私は船が出発すると同時に下にいてくれる人たちみんなに手を振って、さっきママとメイサにしたみたいに「いってまいりま~す」と元気に叫んだ。



「おい、リア。声がでかいぞ。」



すると定番と言わんばかりに、聞きなれた不愛想な声が聞こえた。



「アル。感動のシーン邪魔しないでくれる?」



アルは今回、私やパパの警護担当として同行することになっている。アルじゃなくてジルにぃが良かったなとわがままを言いたかったけど、テレジア様が今3人目をご妊娠中だから、アルになってしまってもしょうがない。



「はぁ。ジルにぃが良かった。」

「落とすぞ。」



警護担当らしからぬことを言って、アルは私をにらんだ。もういっそのこと落としてくれれば家に帰れるのかもと、出発して数分で思っている私がいた。



「ア、アリア様。」



するとその時、後ろから遠慮がちに私を呼ぶ声がした。

振り返ってみるとそこに立っていたのは、今回メイサの代わりに私のお支度を担当してくれるティーナという女の子だった。ちょっと小心者だけど、明るい緑色の髪がキレイでかわいい子だ。



「ティーナ。よろしくね。」

「こ、こちらこそ…っ。」



最初王城で挨拶をした時は不安に思ったけど、ティーナの仕事はとても丁寧でそして速い。多分年だって同じくらいだから心を許しやすくて、私は会うのは2回目なのにすでにティーナのことを気に入っている。



「じゃあこれから頑張るために、これ。」



私はそう言って、さっきもらったワッフルせんべいをティーナに渡した。するとティーナは謙遜した様子で「いただけません!」と言った。



「ううん、もらってほしいの。こんなに食べられないでしょう?」



そう言って袋の中身をみせると、ティーナは納得したみたいにうなずいた。そして「ではお茶をいれさせてください」と言ったと思ったら、すぐにどこかへ向かっていった。



「はぁ、大丈夫かな~。」

「シャキッとしろよ、お前。」



船に乗っている人たちは慌ただしく働いていて、出発してしばらくするとパパもどこかに行ってしまった。どうせできる事もないんだから用意してもらった部屋に入ればいいのだろうけど、なんとなく狭いところに閉じ込められたくなくて、しばらくずっと船の上から景色を眺めていた。


船から見える空はどこまでも青く澄んでいて、海面はまるで宝石が浮かんでいるみたいにキラキラと光っていた。



「キレイ…。」



突き抜ける海風がとても爽やかで、私の不安なんてどこかに飛ばしてくれるように感じた。前の世界と同じような空と海は、もしかしてどこかであちらにつながってるんあろうか。



「リア、お茶はいったって。」

「はぁい。」



もう考えたってしょうがない。船だって時間だってもう先に進んでる。



不安も希望も全部包み込んでくれる海を見て、不安に思うのはこれで最後にしようと決めた。でもその前に、次いつ食べられなくなるか分からないワッフルを味わって食べることにしよっと。

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