第14話 ドキドキしちゃうっ!


「初めまして。」



青年はとても丁寧にあいさつをしてくれた。青年とはいっても、多分年は私より少し上で、アルと同じくらいに見えた。私は条件反射みたいに、その人にも挨拶の姿勢を取った。



「テムライム王国騎士団第1部隊団長のエバン・ディミトロフと申します。」

「初めまして。アリア・サンチェスと申します。」



一回聞いただけじゃ絶対に聞き取れない苗字の彼は、これまた一回では理解できないくらい長い肩書をすらすらと話した。自分には何の肩書もないし、私は割とシンプルな名前をしていると思う。


自己紹介の度こんなに言葉を発しなくてはいけないって大変だろうなと、また全く関係のない事を考えた。



「久しぶりだな、エバン君。団長になったのか。」

「ええ。以前ゴードン様にお会いした時は、まだ15だったでしょうか。5年たってようやく父に任命を受けました。」



パパはエバンさんのことを知っているらしく、和気あいあいと話をし始めた。完全に置いてけぼりになってしまった私は、ただボーっと、漆黒の彼の髪の毛を眺めていた。



「ご挨拶遅れまして申し訳ございませんでした。」

「いいんだ、私に挨拶なんて。今日は王の護衛できたんだろう?」

「はい。」



その言葉を聞いて、何となく思い出した。この人、さっきの会議で王様の後ろに立ってた人だ。その時は堅苦しそうなものを身につけていたから怖いなって思ったけど、こうやって普通のビシッとした服を着ていると、優しくていい人そうだ。



「でも、そういうわけにはいきません。王に社交の場も勉強してくるようにと命を受けておりますので。」



エバンさんは軽く頭を下げながら言った。パパは納得した様子で、「そうか」と言った。



「ご令嬢ともお話しさせていただきたく。」

「そうか、会うのは初めてだもんな。」



するとそこで、エバンさんがやっと私を会話に入れてくれた。彼の髪の毛ばかりに注目してしまっていた私は、ちゃんと受け答えができるように意識をこの会場へと戻した。



「リア。エバン君はテムライムの騎士王の息子さんだ。船でテムライムに行った時、何度かお話させてもらったんだ。」

「お会いできて光栄です。」



全く隙がない漆黒の髪色の彼の瞳は、燃えるような赤い色をしていた。その真っ赤な目の奥から煮えたぎる情熱みたいなものを感じるのに、雰囲気は落ち着いていてどこか静寂に満ちていた。



「リオレッドに聡明な女性がいらっしゃると、噂は聞いておりました。ですが先ほどの会議では、自分の耳であなたのお言葉を聞いて驚きました。自分より年下には、全く見えません。」



あ、はい。大正解です。

私あなたより2回りほど年上なんです。



「とんでもございません。」



心の声とは反対にしっかり目を見て謙遜すると、彼の燃える瞳がゆらっと揺れる感じがした。なんだかその瞳にひきつけられて、思わずジッと見つめてしまった。



「あの、よろしければ…。」



エバンさんは瞳を少し揺らしたまま、私の前にひざまずいて私に右手を差し出した。何が起きるんだって動揺を隠せずにいると、周りの人たちもその光景を見てざわざわとしていた。



「よろしければ私と、踊っていただけませんか?」



これが噂に聞く、ダンスへの、お誘い…。

え、どうしよう?断れないんだけどさ。

断れないってわかってんだけどさ、それにしてもいやだ!

あんなに練習したのにうまく行く気がしてない!どうしよう!



「リア。」

「私で、よろしければ…。」



固まっている私の背中を、パパがポンと押した。私はまるでスイッチが押された人形みたいに動き出して、差し出された右手に軽く手を添えた。エバンさんの手は、心なしか汗ばんでいた。でもそれ以上に自分の手がとても熱くて、心臓の鼓動もすごくはやかった。



エバンさんは「ありがとうございます」と笑って、そのまま自然と私の腕を自分の腕に絡めた。そしてそのまま流れるように、舞踏会の会場の方へと足を進めていった。



「あの…っ。私初めてで…。」

「大丈夫です。僕が先行します。」



エバンさんは少し頬を赤らめながらも、にっこり笑って言ってくれた。優しくてあたたかい笑顔を見て、年甲斐もなく心臓が飛び出るくらい高鳴るのが分かった。



や、ヤダ、私…。

久しぶりにドキドキしてる…。



私たちが歩く度、すれ違う人たちがざわざわと騒いでいるのが分かった。まるで告白されているのをたくさんの人に見られた気持ちになって思わずうつむくと、エバンさんは楽しそうに「ふふ」と笑った。



「緊張、なさってますか?」

「は、はい…。」



もう自分でも聞こえるか聞こえないかくらいの声で返事をした。するとエバンさんは脳天まで響くような優しい声で、「大丈夫」と言った。



「僕も、です。」



余裕そうにみえるのに、エバンさんはそう言った。

驚いて思わず彼の方を見上げると、耳が少し赤くなっていた。



なんだ。

ドキドキ、してくれてるのか…。



緊張しているのが私だけじゃないってことには安心したけど、彼が私にドキドキしてくれているのかもって思ったら、また心臓の鼓動が早くなり始めた。ダンスの会場は晩さんの会の会場の隣だからそんなに距離もないのに、心臓がバクバクとなり続けているせいで、軽く息切れすら覚えていた。

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