第2話 危ない綱渡りの貿易


先に説明しておこう。

私の元居た世界には、インコタームズという、世界基準の定型的貿易条件が存在する。


簡単に言うとそれは、貿易をする時に発生する"費用"と"危険"という2つの負担を、どこまで輸出者が負担するのか、そしてどこから輸入者が負担するのかというものを取り決めるための条件で、細かく分けられたものがなんと11種類も存在する。


トラブルを避けるために、そして輸送にかかる費用負担を加味して商品の価格を決めるために、通常は事前にその条件を決めてから取引に入るのだが、なんとこの世界では、何のきまりもなく、貿易をしているらしい…。



もう一回言おう。



まじ…?



「え、えっと。船はうちのものだって言ったよね?」

「うん、そうだ。」



条件がないとはいっても、言葉にしていないだけで、きっといつものスタイルみたいなものはあるはずだ。現状を理解するためにも、私は一つずつすり合わせをしていくことにした。




「じゃあテムライムで、トマトチヂミを船に乗せるのは誰なの?」

「それはテムライムの人々がやってくれる。」



「船に乗ってから整頓するのはこちらだがな」と、じぃじは付け足した。



それは11種類のインコタームズの中の、FOBという条件に似ている。

FOBとはFree on Boardの略で、日本語で言うと"本船渡し"という条件になる。商品が船に乗る前までは輸出者の費用負担、そして乗ってからは輸入者が費用負担をするというのがその概要だ。


危険の負担も同様の時点で同時に輸入者へと切り替わる条件のため、つまり今回の出来事に関しては、FOBで言うとリオレッド側の負担ということになる。



「リオレッドからテムライムには、バナナにぼしを売ってるんだよね?」

「ああ。」

「それじゃあその時は、同じようにリオレッドの人たちが船にバナナにぼしを乗せて、後はテムライムの人にやってもらうのね?」

「間違いない。」



輸出の時も、どうやらFOBに似たもので取引しているらしい。そこまではよくわかった。


「それで、そのお約束は、どうやってしているの?」

「約束をした。というより自然とそうなった、というのが正しいな。」



やっぱりだ。やっぱりこれは、条件なしで取引しちゃってるのに等しい。


非常にまずいことだとおもった。このまま何の約束もなく取引していたら、同じことが起こった時、もめごとの原因になってしまう。そういう小さなもめごとが、いずれ戦争みたいなものをまねいてしまっても、おかしくない。



「ねぇ、じぃじ。明日までよく考えてみてもいい?」

「もちろん。」



私はじぃじに「また明日くる」と伝えて、王城を後にした。そして居ても立っても居られない気持ちを抑えきれずに、その足でパパの倉庫へと向かった。



「ごきげんよう。」

「お嬢様!ご、ごきげんよう!」



あ、いい忘れてた。16歳の私も、変わらず天使やってます。


突然訪問してきた私を見ただけで顔を赤くした社員たちは、慌てふためきながらパパを呼んだ。するとパパは入口に立っている私に気が付いて、ニコニコしながらこちらに寄ってきた。



「どうしたんだ、リア。今日は王様にお呼びいただいてたんじゃないのか。」

「そうなの。」



パパは私を椅子に座らせてくれた。私は素直にそれに座って、今日あったことを話した。



「なるほどな。」

「それでね、明日また行くことになってるんだけど、私あんまり船ってみたことないでしょ?いい案を考えるために、ちょっと見せてほしいの。」



いい案を考えるためっていうより、問題点が他にもないのかあぶり出したかった。パパはそれを聞いて「もちろん」と言って、その場に居た社員を呼び出した。



「忙しいところすまんが、娘を船に連れてってくれるか。」

「はい!」



タイミングよく、港に船がいることは分かっていた。私は連れて行ってくれるおじさんに「ありがとうございます」と丁寧にあいさつをして、この世界で初めて、船に乗ることになった。

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