第42話 パッパ、大正解です!


それからもパパは、私が起きている時間に帰ってくることの方が少なかった。だから全然リサーチが進まなくて、私自身もモヤモヤした気持ちを抱えていた。


それに最近カルカロフ家に行くと、なんだかすごく空気が重い。

たまに傷ついた騎士が敷地に入ってくるのもよく目にしていて、状況が良くないことだけは子供の私の目で見ても確かだった。



「どうしたものか…。」



王様のおじいちゃんにもらったベッドの豪華な天井を眺めて、しばらく考えてみた。色々考えは浮かぶんだけど、やっぱり今の状況を詳しく知れないことには動きようもない。



「非力だ…。」



6歳になって出来ることがずいぶん増えたとはいえ、まだまだ非力であることには変わりない。それに王様に褒めてもらったというのに、あれから何の役にも立てていない。


もしかしていつか、この家を返せなんて言われてしまわないだろうか。


あんなにいい王様なんだからそんなことあるわけないのに、何もできないことに焦り出した私は、いてもたってもいられなくなってベッドから降りた。



「よし。」



このままでは寝られそうにもない。

家の中を散歩でもしようとそっとドアを開けてみると、部屋の外は真っ暗だった。



「怖い怖い…。」



心の中が大人だからっていって、暗闇が怖くなくなるわけではない。

でも一歩踏み出してしまった足はなかなか後に引かなくて、私はとりあえずかすかに窓から差し込む月明りを手掛かりに、あてもなく歩いてみることにした。



しばらく歩いていくと、真っ暗な廊下の中で一つだけ明かりがついている部屋を見つけた。そこが誰の部屋かもちろん知っている私は、暗闇で光をもとめる虫みたいに、吸い込まれるようにしてそのドアを開けた。




「…パ、パ?」



その部屋に入るのは本当に久しぶりのことだった。

最近部屋の主を全く見ていなかったのもあるし、この家に来てから何となく敷居が上がってしまった感じがある。


もしかしてそれも、今の私が子供から少し成長したからだろうか。


自分自身の成長をかみしめながらそっと中を覗くと、パパは私の姿を見ていつもの優しい笑顔を見せてくれた。



「リア、起きてたのか。」

「うん。」



私は入っていいかの許可も取らずに、パパの方に寄っていった。するとパパも私にこたえるみたいに両手を広げて抱き寄せてくれた。



「会いたかったの。」



まるで遠距離恋愛をしていた彼女みたいに、私は言った。するとパパは「ごめんな」と言って、大きな手で頭を撫でてくれた。



「パパも会いたかったよ。」



もし私がもう少しはやく転生していたら、私たちはもしかして結婚していたかもしれない。そう思うほどに甘い時間が流れていることに自分自身で驚きながらも、しばらくパパの暖かさに浸ってしまった。



「リア、邪魔しないから…。」

「いいよ。」



私が全部言い終わる前に、パパはそう言って椅子に座って、私を膝に乗せた。こんな風にパパの仕事眺めるのも久しぶりだなと思いながら、ニンマリにやけて私はパパの広げている地図を見た。



「何してるの?」



邪魔しないって言ったくせに、真っ先に邪魔して私は言った。パパは「ん?」と言って私に返事をしながらも、視線を地図から離さなかった。



「もっとよくならないか、考えてるんだ。」



パパはそう言って、新しい流通経路が作れないか色々と考えを巡らせていた。私は分かっているくせにわざとらしく、「ぼうどうが起きてるんでしょ?」と言った。



「リアは、よく知ってるな。」

「うん!メイサが教えてくれたの!」



それを聞いたパパは、一瞬私を見て暖かい笑顔を作った。私もパパに答えるみたいにしてにっこり笑った後、広がっている地図に視線を落としてみた。



私の住むリオレッド王国は、横長に広がる楕円形をしている国で、王都のレルディアはその東側に位置している。そしてリオレッドの東側に隣国のテムライム王国があって、そこからパパが色々なものを輸入したり輸出したりしている。



主な輸入物はトマトチヂミを中心とした食物で、食べ物が不足しているリオレッドからすると、テムライムからの輸入品は命をつなぐ大切なものだと言える。

がしかし、その大切な作物がレルディアと反対の港に位置するノールやそのほかの最果ての地までたどり着くまでにはたくさんの人の手が必要になって、その分値段が上がってしまう。もしかして私が運賃なんて概念を作ったことも、暴動の一つの原因になってるんじゃないかって思い始めた。



「ねぇ、パパ。」

「ん?」

「ノールまで行くには、どのくらいかかるの?」

「ん~。早くても1週間くらいかなぁ。」



テムライムからリオレッドに入って来るまで、約2日。そしてそこから1週間かかれば、新鮮な作物の中には腐ってしまうものもある。高いってだけじゃなくて品質も悪ければ、そりゃ買いたくないし不満を抱える人が出てきても当然だろう。

リーファーコンテナ(※1)とかそういうものがあればいいんだろうけど、そんなものがこの時代にあるはずがない。



「船で行ければもっと早いんだけどね。」



パパは何かを考えこみながら、何気なくそう言った。




いやいや、パッパ。正解、出てるじゃん?

それ、大正解じゃん?


でもパパは自分が正解している事にも気が付かず、陸路でいかにして効率よく物を運ぶかを、真剣に考え続けていた。



※1…リーファーコンテナ

温度に敏感な商品を輸送する際に利用される、冷蔵や冷凍などの温度・湿度管理が出来るコンテナのこと。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る