第36話 お兄ちゃんが出来ました


「お前ら、いったん解散。」

「はっ。」


ジルにぃはすぐに上司の顔になって、今連れてきた部下を解散させた。すると近くで警備を担当しているレオンさんだけがこの場に残って、相変わらずキレイな姿勢でそこに立っていた。



「レオン。」

「はっ。」

「ちょっとメイサさんに、庭の案内をしてやってくれ。」



意味の分からない指示に、私とジルにぃ以外は意味が分からないって顔をしていた。しばらくするとメイサが「そんな、お仕事中に…」といって謙遜したから、ジルにぃは「いいんだ」と言ってそれをなだめた。


「ここのこと、よく知っていてもらった方がいいと思うんだ。ずっとアルの相手は疲れるだろうし、息抜きに散歩でもしてきてくれませんか?」

「そんな…っ。」

「レオン、これは指示だ。俺がしばらくここにいるから、行ってこい。」

「はっ。」



指示と言われれば仕方がない。レオンさんは少し赤い顔をしながら敬礼をして、メイサの前に立った。



「それでは、案内させていただきます!」

「す、すみません…。」



メイサは何度もジルにぃにぺこぺこと礼をして、レオンさんと一緒に散歩に出かけた。私はそんなメイサに「いってらっしゃ~い」と元気に手を振って、ジルにぃと目を合わせてクスクスと笑った。



「さあ、アル。久々に訓練でもするか。」

「は、はい…。」

「リアもやってみるかい?」

「うんっ!」



ジルにぃは「見ててね」と私に言って、一旦剣を置いた。そしてアルに向かってファイティングポーズをとって、「こい!」と言った。



「はいっ!」



アルはジルにぃに向かっていって、腕を取ってこけさせようとしたり倒そうとしたりしていた。当然ジルにぃはびくともしないんだけど、アルはそれでもめげずに立ち向かっていた。



「ほら、リアもいいよ!」



ジルにぃがそういうから、私はスカートのままジルさんの方に向かっていった。そしてアルと同じようにしてジルにぃの足にしがみついて倒そうとしたけど、それでもジルにぃはびくともしなかった。



「ジルにぃ、強い~~!」


しばらくして本格的に息が上がり始めたわたしは、芝生に倒れこんだ。するとアルも同時にジルにぃに倒されて、私と同じように倒れこんでしまった。



「まだまだだな、アル。お前は1歩目が甘い。」



ジルにぃがそう言うと、アルは悔しそうな顔をしていた。ほほえましい光景だなと思ってふとアルの手元を見てみると、アルの手に小さな傷がたくさんあるのが見えた。




そうか、アルは毎日訓練もしてるんだ。

勉強が出来なさ過ぎていつもバカにしていたけど、アルは毎日この国を守るために訓練をしているんだ。



「アル、痛そう。」



その傷がすべてを物語っていて、私はアルの手を取った。

するとアルは顔を真っ赤にして私の手を振り払って「全然痛くない!」と強がった。



「照れてやんの。かわいいやつだな。」



ジルにぃはそういって、しゃがんでアルの頭を撫でた。アルはそれにも照れてまた顔を赤くして、「お兄様やめてください!」と叫んだ。



「仲良しだね、二人とも。」


二人の姿を見て、健太のことを思い出した。あれから少なくとも6年以上たっているはずだけど、彼女と結婚しているだろうか。もしかしたら、パパになっているかもしれないな。


そうだとしたら私と同じくらいの年齢かもしれないって思うと、なんだか胸がズキっと傷む感じがした。


「リアももう、俺の妹だよ。」


私が寂しい顔をしていると察してくれたのか、ジルにぃはそう言って頭を撫でてくれた。なんて優しい青年なんだろうと改めて思って、私は思わずジルにぃに抱き着いた。



健太へ、元気にやってますか?

こちらでは私、お兄ちゃんが出来ました。

お前はそちらで、長生きしてくれよな。



届くはずがないってことは分かってる。でも伝えずにはいられなくなって、私はジルにぃの胸で健太にそう語りかけた。




それからしばらく3人で座り込んで話していると、遠くの方からレオン兄ちゃんとメイサが歩いてくるのが見えた。二人の距離は出発した時より近くなっているように見えて、メイサの頬も、少し赤く染まっている気がした。



―――あら、いい感じじゃない。



おばちゃんの私が出てきて、にやりと笑ってそう言っていた。ジルにぃを見上げると彼も同じような顔をして笑っていて、きっと同じ気持ちだなと思った。

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