第20話 "運賃"っていう概念を、作ってみます!



「それで、なんだっけ。」

「ああ、ごめん。えっと…。」


パパとイーサンさんは気を取り直して地図を眺めて、また仕事の話を始めた。

最近も私は毎日メイサに本を読んでもらって、文字もずいぶん流ちょうに読めるようになってきた。私の住んでいる町はレルディアという街で、どうやら"王都"と呼ばれているところらしい。


そう言えば街の真ん中らへんに、大きくてきれいな建物があったから、あれがお城なんだと思う。


転生したすぐは特殊能力が欲しいと思っていたけど、王都に転生できただけマシなのかなって思うことにしている。



「クラ、チルバ、クロリの街に、いい場所は見つけられそうなんだ。」



パパの言うその3つの街は、王都に隣接している3つの街だ。位置をみても絶妙に便利そうなところを選んでいるなってことが確認出来て、「さすがパパ」と心の中でほめてあげた。



「場所はいいんだけど…。」

「人がいない、と。」

「そうなんだ。いないことはないんだけど、クロリからノールまで物を運ばなきゃいけないってのがなかなかな…。」



人がいないことはないのに働きたがらない。

遠いから行きたくないって理由もあるんだろうけど、それだけではないような気がした。そもそもこの世界の給料形態ってどうなってんだろ、っていうか"お金"ってあんのか?


そこが分からない限り私も考えようがないから、探りを入れてみることにした。



「ねぇ、パパ?」

「なぁに、リア。」

「なんでみんな、働くの?」



もしかして報酬は、この世界の主食であるパンみたいな形をしたアメって名前の食べ物だったりしないだろうか。

そう言えば私はそもそもこの世界の仕組みをしらなさすぎるけど、まあそれも家の中に閉じこもって生きているから、仕方がないと思った。



するとその質問を聞いて、パパもおじさんも愉快そうに笑った。



「それはね、リア。みんな"エン"がないとご飯が食べられないからだよ。」

「"エン"?」

「うん。パパがリアにワッフルせんべいを持ってくるためには、おばさんにエンを渡さないといけないんだ。誰かのお手伝いをすると、そのエンがもらえるんだよ。そのためにみんな、働くんだ。」

「ふ~ん、そうなんだ。エンがないと…




え、円?!?!?!??!」



エンって、あの、円?!うそでしょ?!



あまりにも大きな声を出して驚く私に、逆におじさん二人が驚いた顔をした。するとパパはポケットを探って、その中から丸い硬貨みたいなものを取り出した。



「これが"円"だよ。」



さすがに見た目は違ったけど、それは紛れもなく硬貨で、そしてよりにもよって円と呼ばれていた。ドルでもユーロでも別の名前でもなく、エン。



色々なものが元の世界とは全く違う名前で呼ばれてるのに、そこは円なのかよ。逆に混乱するわ。



「へ~、え、エンが、欲しいんだね…。」



私はなんとか動揺をおさえてパパにそう言ったけど、それでもしばらく二人は不思議そうな顔をしていた。


「じゃあおじちゃんもウェル兄ちゃんも、パパに円をもらうの?」

「そうだよ、みんなパパのお手伝いをしてくれるから、その代わりに円を渡すんだ。」



給料みたいな制度はちゃんと備わっていそうだと、そのことにはひとまず安心した。それでも他の街の人がパパの会社で働かない理由はなんなんだろう。もっと給料のいい仕事でもあるのかな。



私はまたそこから黙って、二人の話を聞くことにした。



「もっと拠点が出来ればいいんだろうけど、最初からそんなにたくさん設けるほど、円も残ってなくて…。」

「やっぱりノールまで行かなきゃいけないってなると、渋られてもしょうがないんだよな。」


ノールっていうのは王都とは反対側にある街で、最果ての地とも呼ばれている。そこまで行こうとすると、多分ウマスズメに乗っても1週間くらいかかる。そりゃ渋られても仕方がないのかなと、どこかで思い始めた。



「運んでくれた分、その人には円をたくさんあげればいいんだろうけど、それでは商品の利益がなくなってしまうからな。」

「やはりノールまで物を運ぶのは厳しいか…。」



ん…?その言葉に、私は違和感を覚えた。

運送業者にたくさん円をあげると、利益がなくなるなら、物を高く売ればいい。つまり、運賃をつければいい。



それだけの話なんだけど、この世界ならもしかしたら…。



そこで疑念を持った私は、またパパに質問をヒントを与えてみることにした。



「パパは何を運んでるの?」

「ん?色々運んでるけど、リアもよく食べてるトマトチヂミが一番多いかな。トマトチヂミは隣の国のテムライム王国でしか出来ないんだ。」

「へぇ!そうなんだ!リア、トマトチヂミ美味しいから大好き!」



パパは「パパもだよ」と言いながら、私の頭を撫でた。イーサンおじさんもそんな光景を、微笑ましそうに眺めていた。



「ノールの人は、トマトチヂミが食べられないの?」

「そうだねぇ。そこまで運ぶと、色んな人に円をあげなきゃいけなくなるからね。」



「リアには少し難しいかな」と言って、パパは笑った。でも多分やっぱりこれって、ノールの街にも同じ値段でトマトチヂミを売ろうとしてるってことだよな、と思った。



「かわいそうだよ!絶対ノールの人だって食べたいはずなのに!」

「そうなんだけどさ、リア。しょうがないんだよ。」

「なんで?ノールの人はパパに円くれないの?」



今までパパは、運送は商品購入に含まれることだって考え方で仕事をしている。つまりこの世界には、運送すること自体に値段をつける、"運賃"っていう概念がないんだ。


遠いところに物を運ぶには、当然たくさん手間がかかる。その手間に対して対価を払ってもらえばいい事なんだから、とても単純な話だ。多分この単純な考え方なら、子供が思いついても、おかしいことはない。



今回は割とストレートに伝えられそうだなと思った。



「そういうわけじゃないんだよ、でもね…。」

「ノールの人が"ありがとう"って、たくさん円をくれたらいいのにね!」

「おい、ゴードン。それだ。」



今回は私のセリフで、イーサンのおじさんがそのことに気が付いてくれたみたいだった。

いつも通り「ナイス」って思いながら、不思議な顔をしてイーサンおじさんを見た。



「運送に人の手が必要なら、高く売ればいいんだ。遠ければ遠いほど、高くうればいい。そうすれば運び手にもたくさん円が払えるようになる。」

「確かに…。その通りだ。」



二人は大発見だってテンションで、そう話した。パパにはビジネスセンスがあるって思ったけど、こんな簡単なことに自分で気が付けないってことは、本当はセンスがないのかもって思った。



「でもそれを、ノールの人たちは受け入れるのか…。」

「大丈夫だよ!食べたら絶対好きになるよ!」



そりゃ見たことも食べたこともないものをいきなり高く売りつけられたら、誰だってそれを買わない。でもそれがその値段を出して買う価値のある物だって分かったのなら、みんな買うに違いない。


だから食べさせればいい、体験させればいい。



それを伝えるために言うと、パパとイーサンは大きく目を見開いて「それだ!!」と叫んだ。

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