退院できない憑き物

@isii-asuka

第1話

いつも通り、看護師が来て起きる。

「お名前確認です」

「吉川成樹です」

ガタン、と朝食が机の上に置かれる。

個室なのでご飯を食べるのは一人。寂しい。

だが。この寂しさも今日で終わり。薬が効き、三ヶ月という長い入院生活が今日で終わるのだ。そう思うと笑みが溢れる。

黙々と食事を平らげた。不味くはないけど美味しくもない。病院食だからそんなものだろう。

食事を片付けようと立つと、少しふらついた。昨日までベッド上安静だったせいだ。

部屋の外にある台にトレーを置き、すぐ部屋に戻る。わずかだが三ヶ月ぶりに自力で部屋の外に出れたことが嬉しい。

まだ退院まで時間がある。せっかく歩けるようになったのだから部屋を探ってみよう。

早速ベッド下にある届きそうで届かなかった扉。三つに分かれており、下の二つは開いたが一番上は開かなかった。

また、その隣にある扉を開くと(酸素)(吸引)と書かれた、栓をされた穴があった。いつも見てみたいと思っていたが、それが必要なほどの状態にならなくてよかった。

ふとトイレのある方を見る。一度も使ったことがないトイレ。いつもトイレはおまるだったからだ。

中の見えない扉を開いた。

「ふーん。水洗か」

意外と綺麗だ。

扉を閉めようとしたその時。上から何かが降ってきた。

「うぁぁ……」

目と口を塞がれる。強力に引っ付いて離れない。ひっぺはがそうとすると。

「静かに」

うあああああ⁉︎声がッ。声がしたッ。誰もいないのにッ。

「なんだ⁉︎」

力を振り絞り剥がすと、女の子がいた。

「ぎゃぁ……」

「うるさい」

再び口を塞がれる。

「私は幽霊だ。妖怪だ。安心しろ」

ぎゃあああああ⁉︎何してるんだ⁉︎

叫びたいが声が出ない。

「死にかけたから見えるんだな」

うるさい!見えなくて良い!

……いや。見えないはずだ、幽霊や妖怪など。そうだ。幻覚だ。

少し冷静になったからか、女の子が僕の口から手を離す。

「私はレイだ。お前を気に入った」

「気に入ったからなんだ。僕は今日ここを出る」

「出れない。病院は死者の集い場。中には私のような妖怪になった者もいる。私はここで死んだからここで待っていた」

そんな恐ろしい場所にいたのか。

それより。出れない?今日退院のはずだ。間違えない。出れるはずだ。

「そしてお前がきた。私はお前を気に入った。だから憑いた」

「だから何で出れないんだ」

「出れないことはない。だが、また私に引きつけられ帰ってくる」

なんて事だ⁉︎

あまりのショックに言葉を失う。

三ヶ月間、自由がなく頑張って耐えてきたというのに。

………。いや、安心しろ。これは幻覚だ。出れないかも、という不安が巻き起こしているだけだ。あの気の変わりやすい主治医が、退院を急に伸ばすのではないかという不安が巻き起こしているだけだ。大丈夫。大丈夫だ。


きっと。


手元のカードを見る。

頑張ったね、と書いてあるカード。退院の間際、看護師がくれたものだ。

「シートベルトしたか?」

「うん。したよ」

「じゃ、帰るぞ」

車が発進する。荷物でいっぱいの後部座席に埋もれるように僕は乗っている。

帰れない。

女の子が言ったことは気になるが、僕は帰れたんだ。幻覚を見ただけだ。

立体駐車場を抜け、ずいぶん車にスピードがついてきた。

お店がたくさん見える。楽しみだ。これからはどこにでも行ける。


と。

前の車が止まった。慌ててとまる。

その時、バンッ、と鈍い音がした。とても大きな音。

ヒッ、と首をすくめた瞬間。

僕の意識は遠のいていった。


「ねぇねぇ。こっちだよ。一緒に遊ぼう」

ついていってはダメ。

「私のこと覚えてる?」

答えてはダメ。

「遊ぼうよ。ほら、これあげる」

もらってはダメ。

「こっちへおいでよ。あっ、見て」

見てはダメ。

「悲しいな。覚えてないの?」

何を?

「私だよ。私」

君は誰?

「一緒に学校行ってたでしょう?目の前で何があったか覚えてないの?」

覚えてるよ、全部。

「じゃあ何で入院したの?」

体が悪かったから。

「検査とかしたの?」

してない。

「じゃあ何で悪いの?どこが悪いの?」

どこだろう。何でだろう。

「やっぱり覚えてないんだ。良いね、お前は」

何が良いんだ?入院して。

「羨ましいよ…

              死ななくて」


「–––––––くん。吉川くん」

はっ…。ここ…。どこ…。

「意識戻りました」

「はーい」

全身が痛い。ゆっくり目を開けた。

そこにいたのは。

あの子。

レイだった。

「何で君だけ無傷だったの?私は死んだのに」

僕だって傷ついた。だから入院した。

「でもね、安心して。もうあの時の記憶を避けたりしなくて良いんだよ。今度こそ。今度こそ」


「私が殺してあげるから」








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