ASMR男子の優しさ

 熱を出して、サライは数日学校を休んでいる。


「ほら、プリントだよ」

 志摩が、机の上に授業の課題や学校行事のプリントを置く。


「ありがとう。ごめんなさい。もうすぐ文化祭で、大事な時なのに」

「あんたこそ、大事を取った方がいいって」 


 自宅のベッドで、サライは起き上がれずにいた。

 風邪をこじらせているからではない。熱は引いている。

 恥ずかしさで顔から火が出ているのだ。


「それにしても、衣良イラ副会長の慌てっぷりときたら」

「言わないで」


 お姫様抱っこで保健室にサライを運んだタケルを、大勢の生徒が目撃しているという。

 志摩から聞いた話だ。


「明日から、どうやって学校に行っていいかわからないわ」

 思い出すだけでも、顔から熱が逃げない。


「熱は下がったんだから、来られるでしょうが。心配ないって」

「でも、タケル副会長に顔を合わせられないわ。彼に仕事を押しつけてしまったわ。顔向けできない」


 サライは布団を被る。


「あんたねえ。責任感が強すぎ。なんでも一人で抱え込まない方がいいって、衣良くんも言ってたじゃん」

「でも、文化祭はもうすぐなのよ! 私一人だけ寝ているわけには」


 呆れた様子で、志摩がため息をつく。

「あのねえ、あんたのすること、生徒会全員で取りかかったから。衣良くん主導で」


 本来サライがすべき仕事は、生徒会で分散して取りかかったそうな。

 タケルのアイデアだとか。

 生徒会に仕事を押しつけてきそうな先生に対して、タケルは毅然とした態度を取ったという。「自分のことは自分でしましょう!」と。


「副会長が?」

「そうそう。衣良くんって案外、行動力あるんだから」


 ベッドから半身を起こし、サライは自分の膝を抱く。

「もう、私はいらないのかもしれないわね?」


「サライ?」


「私、副会長に全部押しつけてしまっていないかしら?」


「そんなことで、あの子があんたのコト、キライになるとでも思ってるの?」

 志摩がサライの横に座って、肩を抱く。


「大丈夫だって。今は、元気になることがあんたの仕事」


「そうね。ありがとう志摩」


「ところでさ。メール見た?」


 副会長のタケルから、メールが届いているという。

 風邪をひいたときからスマホを確認しないで寝てしまった。

 よって、充電も切れいている。


「動画のデータね?」

「『気休めかも知れないが、送ったら元気になるかもよ』って、送っといてもらったんだよね。聞いてみな」


 サライは、動画を再生した。


「まあ。ウフフ」

 流れてきたのは、タケルが演じる見事な「時うどん」である。


「ようやく、気分が晴れたようね」

「時うどんなんて見ていたら、食欲が回復した」

「じゃあ、久しぶりに何か作ってあげるよ。何がいい?」


「鍋焼きうどんをリクエストするわ」

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