突然の告白はASMR系男子の特権?

「校内でウワサになってるよ。あんたと、たいらげるクンが付き合ってるって」

 昼休み前、志摩がそう語ってきた。


「そんなワケないでしょ」


 変な話もあるモノだ。


「どこをどうすれば、そんな根も葉もないウワサが立つのよ?」

「聞けば聞くほど、根も葉もありそうなんだけど?」

「冗談はよしてよ。いったい、私がどうして副会長とそんな関係になるって?」

「お昼休みに一緒にお弁当を食べているとか、デートの約束をしているとか、色々と」


 あまりにも低俗な推測に、サライはため息をつく。

「昼食をご一緒するだけで男女の交際が成立するなんて、えらい前時代的な考え方ね」


「アタシもそう思うけどぉ! 実際どうなんだよぉ?」

 あーんあーんと言いながら、志摩がサライの肩を揺する。


「なんなの? そんなに私に副会長と付き合って欲しいの?」

「だってぇ。浮いた話ってご無沙汰だったしぃ。気になるんだもーん」


 またしても、志摩が揺さぶりを強くした。うーうー言いながら。


「残念だけど、昼食を共にしているだけよ。ただそれだけなの。すべては癒やしのため。自分のタメに過ぎないの。彼のお腹を満たしてあげることしか」

「それがどれだけ、たいらげるクンの為になってると思ってんの?」


 その発想はなかった。


「絶対感謝してるよぉ。あんた、いいお嫁さんになるよぉ」


 嫁と言われても、いまいちピンとこない。


「感謝、してくれているのかしら?」

「あったりまえじゃん! 本人に聞いてみなよ。絶対好意を持ってるって!」


 どうだろうか。こんな打算的な女なんて、自分が男だったら願い下げなんだが?


「聞いたことなかったの? 自分のコト好きかどうか?」

「どうして、聞く必要があるのよ?」

「それとなく、聞いてきてあげようか?」

「結構よ」


 どうして女子とは、こうもウワサ話や、恋バナ……というのか? が好きなのだろう?


 人に合わせるなんて、ストレスになるだけだというのに。

 ましてや、自分のような勝手な人間と交際して、うれしいはずがない。

 


「召し上がれ。今日はオムナポリタンよ」


 ソフトめに固めたオムレツ生地に、ナポリタンを詰め込んだのだ。


「オムライスでもオムそばでもなく、オムナポリタンですか」

「ちゃんとゴハンもあるわ」


 古い言い伝えで、『ナポリタンってのは、おかずになるんだよ』と聞いたことがある。

 父もナポリタンをおかずにして、白米を食べるのが大好きだ。

 中年の嗜好かなと鼻で笑っていたのだが、マネしてみたらそう考えていた自分を殴りたくなった。

 最強にウマイのである。


「うわあ、から揚げもおいしそうですね。いただきます! はむぅ」


 ズッ、ズッ、ズズッ、と、タケルは豪快にナポリタンを吸い込む。


『あひい、ん』

 それだけの音で、サライはメロメロになってしまう。


「うーん。タマネギとウインナーが、口の中で弾けます。ウインナー派なんですね」


 ベーコンを入れる派とウインナー派がいるようだが。


「ええ。うちはオムライスもウインナーなの」


 父が、『ウインナーの方が懐かしい味がする』と言って聞かないのだ。

 どちらでいいと思うが。


 今日はから揚げもセットだから、肉類はやや少なめにした。


「このから揚げも、いただいちゃいます」

「どうぞ」

「ハフ、ハフ。時間が経っているのに、アツアツだ」


 カリッと、から揚げの皮が跳ねた。


『くうう、ん』

 爽快な音に、サライは身を震わせる。


 やはり、彼の咀嚼音は素晴らしい! 耳を刺激する感覚は、天性のモノだ。


 サライは試しに、外食先で耳を澄ませてみたことがある。

 しかし、いたのはクチャラー程度で、耳障りなだけだった。


 その点、彼はどうだ!

 クチャクチャ言わせまいと、行儀良く食べている。

 この配慮を見習って欲しい。

 しかも、立てるべき音は立てるとか。素晴らしい! 


「ごちそうさまでした」


 至福の時は、終わってしまった。


「あの、副会長?」

「なんでしょう」

「どうなのかしら? その」


 自分を異性として意識しているかどうか、聞くだけだ。なのに、なかなか切り出せない。


 何を焦っているのか。

 ただ、「自分に好意を持っているか」だけ聞けばいい。それなのに。



「好きになっちゃいました」



「ちょちょちょっ! そういうのは予定にないわよ!」

 ドキンと、サライの心臓が跳ね上がる。


 特別な異性だと思われているだけで、こんなにも胸が高鳴るのか?

 世のカップルは、こんな鼓動に耐えていると?


「いや……でも、好きになっちゃったんです!」

「ちょちょちょ、いけないわ副会長!」


 この上なく、心音が早まった。まさかそこまで意識されていたとは。

 志摩の話を派共に聞いておくべきだったか。


「でも、好きになったっていいですよね? ピーマン」



「え?」



「こんなに、ピーマンっておいしかったんですね。生徒会長のおかげです」

「ピーマンが、どうかしたの?」

「僕、ピーマンってこの世で一番嫌いな食べ物だったんです」


 しまった。

 相手の好物まで把握しないで、自分の好きな音源を優先してしまうとは。

 痛恨のミスである。


「本当は、どけようかなって思っていたんです。でも、オムナポリタンにしてもらって、ピーマンを見なくてもよくなって。実際口に入ったら、酸味を消してくれて。それで」


「ピーマンを克服できた、と」

「はい!」

「ふーん……」

 サライは、自分の心臓が冷めていく音を聞いた。

 

「ありがとうございます。おかげで、勉強になりました」

「お粗末様」

 

 まあ、彼の機嫌がいいから、いいか。

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