ASMR系男子と、餌付け姫 ~音フェチの生徒会長が、咀嚼音に定評のある男子副会長に毎日お弁当を作ってあげる~

椎名富比路@ツクールゲーム原案コン大賞

ASMR系男子と、時うどん

「はーあ。もうやだぁ」

 枇々木ヒビキ サライは、生徒会の仕事を終えてため息をつく。


 優秀すぎるのも考えものだ。全部自分にお鉢が回ってくる。


「お腹空いたな……」


 今日は、昼食を取る暇さえなかった。

 しかし、睡眠欲の方が勝っている。

 起きてから、軽くパンでも食べるか。

 ならば、夕飯まで持つだろう。

 とにかく休まないと。


 はふはふ、ずずう。


 うどんの咀嚼音で、サライは目を開いた。


 副会長が、カップのうどんを食べている。


「すいません、枇々木会長。起こしちゃいました?」


 サライが頭を起こしたのを見て、副会長が食べる手を止めた。


「ああ、『たいらげる』クンじゃない」

「僕は衣良イラ 丈留タケルですよ」


 タケルは箸をカップの上に置く。


 衣良丈留は燃費が悪いのか、どこでも何かしら食べている。

 咀嚼音が食欲をそそるので、生徒たちから『たいらげる』クンとあだ名で呼ばれていた。


「やめてください。みんなして僕をそう呼ぶんですから」


 それよりも、とタケルはうどんのカップを持ち上げる。


「場所を移動しますね。うるさかったでしょ?」


「いえ。食べてていいわ」


「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて」

 うどんを箸ですくい上げ、タケルは口へ。


 ああ、咀嚼音が心地よい。おつゆを飲む音も、いいものだ。


『きゃはー❤ もうたまんないっ! 私に遠慮してチュルチュルーって静音モードで食事してるんだけど、おいしくてついつい先走っちゃう様子も素敵! もっと豪快に音を立ててもいいのよーっ❤』


 食べる音や心臓音などで癒される効果を、感覚絶頂反応ASMRという。

 脳が音によって、ゾワゾワする感覚に陥る。

 中国では『性的なポルノ』扱いされ、一部ではASMRの動画が削除されるほどだ。

 それだけ中毒性が高い。


 サライも、ASMR動画に入り浸っていた。

 勉強中は川の流れる音を流す。

 ベッドでスマホを立ち上げ、たき火の音を八時間以上垂れ流して寝る。

 疲れた身体に、ASMRは染み渡るのだ。


 副会長が、お揚げに箸を付けた。


 シャク……。


 揚げからツユが溢れるプチプチとした音も、また格別である。


『あひゃーっ❤ そうそう、きつねうどんはお揚げが命よねっ』


「どうしました?」

 不意に、タケルが話しかけてきた。


「何が?」

「ニヤニヤしてるから」


 慌てて、頭を上げる。


 しまった。つい見とれていて。




「どうして、おうどん?」

 心の声を聴かれまいと、あえて冷静を装う。


 腹が減っているなら、購買でパンを買う方が早い。

 カップうどんは、コンビニまで買いに行く必要がある。

 校門を出て、道路を渡った先だ。遠くはないが、手間が掛かる。


 遠出までして買ってきたにしては、どこでも売っている銘柄だし。

 限定品という感じでもない。

 なにより、わざと激しく音を立てているのが気になった。


「実は、文化祭で落語を」

「それとおうどんに、どんな関係が」

「題目が『時うどん』なんです」


「あー」

 サライは納得した。取材だったのか。


「でも、うどんを食べる動作が難しくて、エアうどんの音が出ないんですよ」


 彼らしい表現方法だ。エアうどんとは。


「うどんを食べる動作って、落語では定番よね」


 サライも一時期、落語家のエアうどん動画をかき集めたものだ。


「コツがわからなくて、『スー』ってなっちゃうんです。『スープを飲んでる』って妹にも言われました」


 ヤケになって、カップうどんを買って食べているそうな。


「上アゴに舌をひっつけて、狭い隙間から息を吸うの」

 ジュルルッ! と、サライは勢いよく音を鳴らす。


「こうですか」

 タケルも、ズズズーッと音を出す。


「それはおソバの食べ方よ」

「何が違うんです?」

「うどんはソバと違って、小刻みに音を途切れさせるの。一息で飲み込めないから」


 落語家曰く、音を引っかけることによってうどんのコシが表現できるのだとか。

 思えばサライのASMR好きは、『落語のエア食事シーン』から始まったのである。

 コツを教えた後、タケルと一緒に何度か練習した。


「こうですか? ちゅるる」

「違うわ、こうよ。ジュ、ジュウウルル!」

「じゃあこうですかね。ジュッジュウ!」

「その調子よ。素敵ね」


 数分後、すぐにエアうどんをマスターする。


「おっ、ちゃんと音が鳴った」


「うまいじゃない」

 サライは、タケルに拍手を送る。


「ありがとうございます、枇々木会長。これで、安心してうどんを食べられますよ」

 カップうどんを平らげて、タケルは幸せそうな顔をした。


 サライも、耳が幸せになっている。


 この音を、どうにか独占できないモノか。


 そうだ。


「副会長、あなた、お弁当は持ってこない派だったわね?」

「そうですね。両親が共働きなので、お金をもらって何かを買って済ませます」


 衣良家は低血圧一家で、誰も弁当を作らない。

 食欲より睡眠欲の方が勝つという。その分、食事は大事にしているらしい。

 だから、あんなにおいしそうな顔をするのだろう。



「わかったわ。明日から、私があなたのお弁当を作ってきます」



「えっ!? お心遣いはうれしいですが、悪いです!」

「遠慮は結構よ。私バリキャリに見えるけど、料理は好きなの」


 サライはお弁当も自前だ。一人分作る量が増えたくらいで、苦労はしない。


「すいません。でしたら、食材の代金を払います」

「結構よ。その代わり、私とここで一緒に食べること。それが条件です」

「そんなんでいいんですか?」

「それをやって欲しいの。あなたがおいしそうにゴハンを食べる所作を、私に見せて欲しいの」


 信じられないという表情を、タケルは見せてくる。


「ウワサになっちゃったりしないですかね? 枇々木会長に好意を持っている人たちから恨まれたりは」

「私たちは、食事をするだけよ。会議だと思わせておけばいいわ」


 世間体がなんだ。ASMRは、何物にも代えがたい。


「会長がそれでいいのなら、お願いします」

「サライよ」

「え?」

「私のことは、サライと呼んでいいわ。私もタケルくんと呼ぶから。いいでしょ?」

「はい。ではサライ会長、よろしくお願いします」


 教室から出ると、クラスメイトの書記、志摩シマがしゃがみこんでいた。サライの顔を見て、慌てて飛び上がる。


「サライ、今のジュルジュル音、なに!?」

 メガネを直しながら、志摩が尋ねてきた。


「おうどん食べていただけよ!?」

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