たとえば今、正義の味方になったとして

向日葵椎

第1話

「今日もご苦労だった」

 日の光指すビル最上階の一室で、大きな席に座った白衣のボスに言われる。

 向かいに立つ、白い塗装の人型機械が今の私。ワケあって悪の組織で怪人として働いている。使われていると言った方がいいかもしれない。頭から髪のような白い糸状のものが垂れているのが元女子だった名残を思わせるが、これは体を覆って光学的に相手の目を欺く機能のためについている機械に過ぎない。


「次も期待している」

 ボスと直接会えるのは、優秀な手下だけ。私は怪人として優秀だったので、こうしてボスと直接会うことが許されているのだ。

 ボスの口角が少し上がる。微笑している。

 私は動かす表情がない。

 怪人にそれが必要があるのかは疑問だ。

 疑問と言えばもう一つ。最近、私はふと思うことがある。

 ――たとえば今、正義の味方になったとして。

 目の前のボスをレーザーで撃ったらどうなるんだろう。

 そんなことを思うのだ。

 ボスは悪の組織の頂点で、倒せば組織壊滅のチャンスになるかもしれない。平和で穏やかに暮らしたい人々にとって願ってもないことだ。実のところ、この組織が壊滅したところで世界はそこそこ物騒なままなんだろうとは思う。

 結局そんなに変わらないのだ。


「褒美は何がいい」

「まだしばらくは学校に通うための時間が欲しいです」

 私から出る声は機械で合成した音だ。

「また、そんなものでいいのだな。あんな所でお前が学べることもないとは思うが」

「その通りです。あんな所で学ぶことはありません。ただ、あそこにたくさん集まる不安定で弱い人間を見ていると、それをいつでも壊せるという幸福に身震いしそうな感覚を覚えるのです」

「そうか、いつでも壊せ。その力がお前にはあるのだから」

「はい。では」


 *


 本日晴天。登校後に窓際の席から空を眺める。

 今の姿は見た目を欺いて昔の自分を映し出しているに過ぎないが、それにクラスの誰も気づいていない。

 教室内では雑談がザワザワしている。


 ――今朝道路で怪人が暴れてバスが渋滞に巻き込まれて遅刻するところだったわ。

 私の仲間の怪人だ。

 ――昨日銀行で怪人が強盗に入ったとこ見ちゃってさ。

 それは私だ。正確には私のレーザーを突破口として仲間たちが押し入った。

 ――友達が公園でヒーローに怪人から救ってもらったらしい。

 らしい、か。


 怪人の話題は多い。危険な存在であるから当然ではあるが、恐れているのかと思えば必ずしもそうではない。よく見れば怪人の話で談笑しているクラスメイトもいる。


 ――学校壊して休みにしてくれないかな。

 ――それ名案。怪人来ないかなあ。


 やろうと思えばできる。

 が、今でなくてもいい。いつでもできる。学校どころか、ここにいる人間を全員壊すこともできるが、まだやらない。

 人間の生活に未練はないけれど、あるキッカケ待っていた。


「それ、本気で言ってるの?」

 よく通る女子の声がした。

 見ると、談笑している生徒に向かって女生徒が立っている。

 赤城だ。冗談が通じないタイプ。堅物。

 赤城は続ける。

「そんなこと言ってホントに壊されたらどうするの? あなたが言ったから壊したって怪人が言ったら、どうするの?」

「うっわ出たよ赤城。冗談に決まってんだろツマんねえな。それに壊したのが怪人なら怪人が全部悪いのに決まってる」

「前提として怪人が悪いのは決まってる。それで怪人の仲間にされる気分はどうなのって聞いてんの」

「さっきから想像の話ばっかだろ。お前こそ本気で言ってんのかよ」

「本気だよ。怪人は冗談じみた悪意だって実現してしまうんだから」

「はいはい恐いですねー」

 クラスメイトは赤城を無視して話し始めた。


 私は学校を壊すためのキッカケが欲しかった。責任感のせいじゃない。これはゲームだ。キッカケができてしまえば学校は終わり、そういうゲーム。

 赤城は席に着いて授業の準備を進める。


 私は赤城の〈正義〉が揺らぐのを待っていた。普通の生徒のことをキッカケにしても面白くないと思ったからだ。赤城は普通じゃない。普通じゃないくらい怪人を否定するし、そのためであれば誰かにどう思われようが気にしない。赤城は怪人を、あらゆる悪意を実現しうる存在だと考えている。怪人は悪意の執行者。悪意は怪人の行動原理。だからこそ赤城は悪意に染まること、同調することを拒んでいる。

 たぶん真のヒーローがいるとするならば、それは赤城のような人間なんだろう。だから少しでも赤城の〈正義〉が揺らげば、それでこの学校は終わり。


 そろそろ頃合いなんじゃないかと思う。赤城はクラスメイトが滅びればいいと思っているんじゃないか? どう見ても浮いてるし、気の合うやつもいないし、さっきのはさらに孤立を深めただろう。しかしどう確かめたものだろう。


 *


 昼休み、一人で弁当をつつく赤城に声をかけた。

「赤城さん、ちょっとだけいいかな」

「何」

 鋭い目つきがこちらを向く。

「あっ、えっと……お昼ごはん、一緒に食べたいなって思って」

「食べればいいじゃない。そこらへんに座って食べてれば一緒に食べてるようなものでしょ」

「あのね、そうじゃなくて……外、行かない?」

「なんで」

「だって……ここじゃ目立つかなって思って――あっ、違うの違うの! 別に私は気にしてないんだけど、赤城さんが私みたいな地味なのと一緒にいるところ見られたくないかなって思って」

「人間に地味も何もないでしょ。気遣いはいらないから」

 それは怪人側のセリフに思える。人間はすべて怪人より地味だ。

「ごめんね、じゃあまた今度食べようね」

「違う、いいよ。行こう。どこにする」

 赤城は弁当を風呂敷で包み始めた。

「じゃあ校庭のベンチがいい」


 赤城と校庭のベンチに並んで座る。

「たまには外も悪くないかな」

「そうだね」

「あなた弁当は」

「……ダイエット中だから牛乳だけ」

 手に持った小さな紙パックを見せる。

 もちろん飲むことはできないのでフリだけだ。

「そう。じゃあ体温低いでしょ。ほら」

 赤城が片手のひらをこちらに向ける。

 やっぱり赤城は少し変な人間だ。

「あ、えっと……たぶん」

 手のひらを赤城のと合わせる。その直前に手のひらだけ元の姿を露出した。

「――冷たっ。やっぱり。もっと食べた方がいい。冷えは万病のもとになるから」

 体の大部分が金属で今は冷えているからだ。

「えへへ、恥ずかしいな……ありがとう」

 恥ずかしいと言うよりは、ここで違和感から怪人だとバレる展開もアリなんじゃないかと思って楽しかった。

「あ、私のはあげられないから」

 赤城は急に弁当にガッツキだした。

「別にとったりしないよ……」


 弁当を一分で空にした赤城は校庭を眺めながら言う。

「なんで」

「?」

「なんで今日誘ったの」

「あのね、前から少しだけ話してみたいと思ってたの」

「そう。じゃあどんなこと話そうか」

「今朝さ、赤城さん喧嘩してたでしょ」

「あれは喧嘩じゃない。気に食わないから言っただけ。そしたら向こうもまた言ってきた」

「……それは喧嘩では?」

「普通のことだよ。誰でも意見の合わないところはある。それの言うか言わないかの違いでしかない。内側にあるものを出したら向こうも同じようにしてきただけ」

「うーん……赤城さんってちょっと――」

「何」

「いや、なんでも」

「言って」

「……変わってる」

「なんだそんなことか。それが普通のことだよ」

「私は普通に見える?」

「変なの。普通だよ」

「それはどっちだろう。じゃあどのくらい変わってたら普通じゃないと思う?」

「怪人くらいかな」

「怪人はおかしいもんね」

「怪人は普通だよ。普通に悪。どうしようもない普通の悪党。人間が怪人くらい変わってたら普通じゃないって話でしょ」

「ま、待って、ちょっと混乱してきた」

 なんだこの人。思ってたのとちょっと違う。

「じゃあ何秒くらい待つ? 四十秒?」

「うんん大丈夫。……赤城さんって怪人のこと嫌いなんだよね?」

「なんで、大好きだよ」

「え?? ん??」

「私は怪人になりたい」

「??」

 四十秒じゃ足りないよ……

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