第20話

 昼からは、レストランの中で出来たグループで行動することになった。

 男子は、三人でゲームコーナーに向かい、女子のグループは、グッズや土産物屋を見て回るようだ。

 完全復活した優人と雪奈は、乗り物を楽しむために園内を歩いていた。


「雪奈は、何に乗りたい?」

「ジェットコースターに乗りたい。」

「うっ、またそれなのね。」

「もうっ。あたしとはまだ乗ってないよ。」

「ゴホッゴホッ。お兄ちゃん、ちょっと持病の癪が。」

「何言ってるの。ほら行くよ、お兄ちゃん。」

 やっぱり無理矢理腕を掴まれ、優人は連れて行かれた。


 入口でパスを見せ、乗車口まで続く階段を上る。

「ほら、早く早く。」

 雪奈が嬉しそうに、階段を軽やかに駆け上がって行く。

 今日の雪奈は、明るいブラウンのクロップドパンツを履いている。なので、下着が見える心配がない。

 優人は、重苦しい表情をしながら雪奈のあとを上って行った。


 二人並んで車両に乗り込む。安全バーが下りてきて、ロックされた。

「雪奈さん、手を放さないでね。」

「うん。ぎゅっと握ってあげるよ、お兄ちゃん。」

「もうおうちに帰りたい。」

「骨は拾ってあげるから、大丈夫だよ。」

「やっぱり、お兄ちゃんは死んじゃうのね。お墓は。」

 優人が言い終わらないうちに、車両が一気に加速した。

「いっやああああああああああああああああああああああ。」

「きゃあああああああああああああああ。」

 今日で何回目かの優人の絶叫が、遊園地内に響き渡る。

 雪奈は、嬉しい悲鳴を上げながら、優人の手を握ったまま両手を突き上げていた。


 その後も、雪奈に引っ張られ、二人は色々なアトラクションを制覇していった。


 途中でフリーフォールの前を通ったが

「お兄ちゃんの体が心配だから。」

 と雪奈はフリーフォールは通り過ぎてくれた。

 そんな雪奈が可愛らしくて

「なんて出来た妹なんだチュッチュしたい。」

 と言ったら

「してもいいよ。」

 と雪奈が顔を赤くして俯いた。

「馬鹿者。兄は妹にそんなことしない。」

 と優人が言ったら、頬っぺたを思いきりつねられ脛を蹴り上げられた。

 そんな感じで、二人仲良く手を繋ぎながら遊園地内を練り歩いた。



「ちょっとお腹が空いたね、お兄ちゃん。」

「うん。何か食べたいな。」

 レストランでは、二人で一人分の食事しか摂っていなかった。

 ちょうど目の前に、タコスを売っている売店があった。一つ買って、二人で歩きながら食べる。


「美味しいね。」

「この辛いソースが癖になるな。」

 優人が紙に包まれたタコスを持って、それを二人が交互に食べていた。

 優人も雪奈も、お互いが噛んだあとはまったく気にしない。


「お、何だあれは。」

「何か怖そうだね。」

 タコスを食べ終わり、二人が歩いていた先に、植込みの間から赤と黒で塗られた建物が見えてきた。

 建物全体が見えるところまで行くと、平屋建ての建物に大きな看板が掲げられている。


 最恐ホラーハウス。

 ヘルズゲート。


「直訳すると地獄の門か。」

「お兄ちゃん、怖そうだからあっち行こうよ。」

 雪奈がそう言って、優人の腕を引っ張った。

「雪奈。オレがそうだったように、キミもチャレンジすべきだ。」

「な、何言ってるの、お兄ちゃん。」


 雪奈が人一倍怖がりなのはよく分かっている。

 が、今日のオレはあまりにも無様すぎた。

 何回も絶叫マシーンに乗せられ、妹たちの前で醜態を晒している。

 兄の威厳は、地の底を突き破って落下したままなのだ。

 ここで、妹に兄の頼れるところを見せつけておかねばなるまい。

 優人は、心を鬼にする決意を固めた。


「さ、行くぞ。」

「ど、どこへ?」

「決まってるじゃないか。地獄の門を潜るのだ。」

「やだやだ。」

「大丈夫だ。オレが付いている。」

「あたしが嫌がってるのに、お兄ちゃんは平気なの?」

「ほら、可愛い妹にもお化け屋敷を体験させろと言うだろう。それだよ。」

「そんなの聞いたことない。」

「それにな、一緒に入れば雪奈の好きなものを買ってあげるぞ。」

「ほ、本当?」

「ああ、本当だとも。」

「絶対だよ。絶対にあたしの欲しいものを買ってよね、お兄ちゃん。」

「分かった。絶対だ。」

「約束だからね。」

「うんうん。」

「じゃ、一緒に入る。」

「それでこそ、我が妹だ。」

 どうせ、雪奈の好きなものと言えばアイスクリームだろう。

 そんなもので言うことを聞くなんて、雪奈はまだまだお子ちゃまだなあ、と優人は考えながら建物の入口まで雪奈を連れて行った。


 入口には、二人のスタッフが立っていた。

 その側に、心臓の弱い方何らかの疾患をお持ちの方はご遠慮ください、と赤字で書かれた立て看板が置いてあった。

 フリーパスを見せると、スタッフの女性が誓約書を取り出し、サインを求めてきた。


「そ、そんなに怖いんですか?」

 そこまでしないと入れない徹底ぶりに、優人は少し不安になった。


「それは、人によりますので。ふふ。」

 スタッフの女性が思わせぶりな笑顔で答えた。


 優人が逡巡していると、女性が向こうに見える建物の端を指差す。

「ここを制覇されたお客様には、あちらの出口で記念品をお渡ししております。さらに、お手持ちのカメラがあれば、スタッフがパネル前で記念撮影を行なっております。SNSでも自慢出来ますし、いかがでしょうか?」

「な、なるほど。ここをクリアした証拠が手に入ると。」

 証拠品があれば、秋名に見せて自分の凄さを証明出来るな、と優人は頭の中で考えた。


「お客様ならきっと制覇出来ますわ。うふふ。」

 若い女性スタッフが、優人の眼を見つめて、さりげなく背中を押してくる。

 かなりやり手のスタッフに促され、優人と雪奈は誓約書にサインした。

 入る前に、色々な注意事項を説明された。



 黒い壁に入口と赤く書かれた下にある、扉が両側に大きく開かれた建物の入口に、二人は足を踏み入れた。

 優人の腕に、雪奈がしっかりしがみ付いている。

 建物の中では、外の光を遮る為か二回ほど通路の角を曲がった。

 周りは暗くて、足元に僅かな明かりしか無かった。


「うおっ!」

「きゃっ!」

 今まで歩いて来た固い床が、いきなりマットレスのような弾力性のあるものになって、二人は驚いた。

 少し前に進むと、また固い床に戻った。


 その先で、明るくなっている場所があった。スタッフの言っていた、途中で退場するための出口だろう。

 この施設は、中に三つのテーマの部屋があり、それぞれの入口近くに、すぐ出られるよう出口が設けられていた。


 順路この先、押して入って下さい、と書かれた明るく照らされている真っ白なスウィングドアがあった。

 ここが一つ目の部屋か。

 立ち止まっていると恐怖心が増してくるので、思い切って中に入る。


「ほう、いかにもホラーらしいな。」

 古びた洋館のイメージなのか、中央に廊下があって、壁には両側に五つずつの扉があった。

 廊下には真っ赤な敷物が敷かれていて、天井のランプは薄暗いオレンジだった。歩いて来た廊下よりも少し明るい。

 金属を擦り合わせたような、嫌な感じの音が常に聞こえてくる。


「お兄ちゃん、怖いよう。」

 雪奈は、優人の背中に張り付いていた。優人の脇から胸へと腕を回している。雪奈のほうが上背があるので、顔を優人の肩に乗せていた。この体勢だと歩き難いため、優人は、足を開いて歩くよう雪奈に指示した。


 覚悟を決めて、優人は奥に向かって足を踏み出した。

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