タービュランスとバニッシュ

全員が真面まともに走れることが判ったので本番機での練習に切り替わった。


「ここからはかなり危険になるから、ごうを解かないようにね」


そうクルルの注意が聞こえると、目の前の光景に画像が加わった。


今、目で見ている光景に、クルルが付けた目印などが見える。


地球でいう合成映像だ。こういった技術は魔法が加わっただけでかなり進歩しているように見える。


「今リンシェンちゃんが先頭、その少し後ろにミイナ。そしてトウヤ君とリリスちゃんには、

それぞれミナとルーちゃんが補助としてついている状態よ。

そして間もなくタービュランスが発生するから、それに乗ってもらうわ」


タービュランス。レースではこれに乗れる乗れないでは大きな差が生まれる肝と言ってもいい代物だ。


「そんなに危険なのか?」


「ええ。見えない壁、凶器と言ってもいいわ」


それをよく知らないトウヤにはまだ恐怖がわからないが、

補助についてくれているルーの真剣な表情を見ると、真面目にやらなければならないようだ。


「きたわ」


フワッと揺れるようにリンシェンの後方に何かが現れた。


そのタイミングでミイナがボードでジャンプをする。


「見える?今、ミイナがリンシェンちゃんより少し高い位置にいるの」


確かにミイナの足の位置がリンシェンの膝のあたりになっている。


「あれが…タービュランス?」


まるで見えない何かに乗っているようだ。


「そう、今、可視化するわね」


クルルの合図と共に白い線のようなものがいくつも、流れるように現れた。


「触れるわよ。でもゆっくり、指先だけね」


手を伸ばすと指先にザラザラと何かを擦るような感じがあった。


試しに小石を創り、その線へ投げつけると、カンと跳ね返った。


「風だけど鉄のように硬いから、ぶつかったら大けがするわよ」


しっかりと忠告される。


「これに…乗るの?」


いつになく不安気なリリスがポツリと尋ねた。


「ああ。これに乗れなければレースには勝てない」


淡々としたミナの答えに、リリスはギュッと手を掴む。


「大丈夫だ。私がしっかり支える。一人で乗れるまで付き合うぞ」


ミナとリリスという珍しい組み合わせだが、相性は悪くないようだ。


「さっきミイナがジャンプしたのはこれに乗るためか?」


「ええそうよ。一時的に出力を上げて跳ね上がったのよ」


「ジャンプかぁ……」


トウヤが上げた視線の先には白い線の淵、タービュランスの境目だった。


目算でおよそ2m。ジャンプで超えるのは難しそうに見える。


「まず乗るポイントよ。前に進んで」


「この辺りがちょうど良さそうですよー」


前方からミイナが手を振る。


ミイナの位置まで進むと境目の位置がさっきの半分以下にまで低くなっている。


さらに前方を見るとほぼ無くなっている。


いや……


「これ、リンシェンのギアから出ているのか?」


「正確にはギアと地面の隙間からよ。空気や風の性質など難しい話になるから今は割愛するね」


これは魔法世界より科学世界の方が詳しく説明されているかもしれない。


「となると、ある程度離れたら消えてるのかな?」


後ろを確認すると、白い線は途中で消えているし、線の量も減っているように見える。


「そう。タービュランスに乗る方法は二つ。後ろから加速して乗るか横から飛び乗るのよ。

効果なんかは乗ってから説明するわ。ミナ、ルーちゃん、二人を乗せてあげて」


危険と注意されたものに乗る。少し身構えてしまったのを他所に、

ミナとルーはヒョイとジャンプをし持ち上げる。


「ちょ!?」「!?!?」


ギアで走行中は浮いているようなもの。持ち上げるのは造作もないことだった。


身構えていたせいで、かなりぎこちない姿になったが、

トウヤとリリスは、すんなりとタービュランスに乗れた。


「こっちに合図なしかよ」


「なに?ビビってたの?」


「ちょっとな」


「ふふっ、やっぱり子供ね」


「そう言うルーも初めては半泣きしてたよな」


「!?ちょっとミナ!!」


初めてはやはり怖いものらしい。


「わたしも…教えてほしかった」


「レース中はもっと驚くようなものも起きる。これくらい慣れてもらわないと困るよ」


「…ミナって意外と厳しいな」


「そうよ。あたしにだって容赦ないんだから」


「おい…そこの二人」


ミナはギロリと鋭い目を向ける。


「「なんでもない よ/わよ」」


「次の説明に進んでいいかな~?」


クルルが会話を断ち切り説明を進める。


「タービュランス上ではエアーの節約、バニッシュで使うエアー補充が出来るの。

あと、これはタービュランスの効果じゃないけど、前の走者に引き寄せられる効果があるわ」


「ああ、スリップストリームの効果もあるのか」


「スリッ…?何?それ?」


説明していたクルルだが、トウヤの聞き慣れない単語に疑問符を浮かべる。


「スリップストリーム。前の走者が風避けとして空気を押しのけるから、

その押しのけられた空間に空気が流れ込む力が働く。

それが周りの空気を吸い込むように働くから、引き寄せられるようになるんだ」


「さすが科学世界の人間ね。もしかしてデメリットもわかる?」


「さあ?本なんかでそういうのがあるのは知ってるが、詳しいわけじゃないよ」


「ならそこは私が説明するわ。その引き寄せの効果は低圧の空気層だから起こる現象で、

走者に近づいた場合、衝突を避けるために脱出する必要が出てくるの。

その時は高圧の空気層へ行くことになるから、ギアがかなり不安定な挙動になるわ。

またタービュランスも発生しているから淵には複雑な気流が発生しているの。

だから迂闊に近づくと思わぬ方向に吹っ飛ばされるわよ」


「魔法で妨害出来るんじゃ…」


「そんなことして前の走者が転んでみな。時間としては1秒前後。

引き寄せられているから避けるのも難しいし、衝突する可能性が高いぞ」


かなりのスピードが出ているので、いくら強化した魔導士でも大怪我するだろう。


「じゃあこのタービュランスから出るのは難しいのか?」


「いいえ、そこで知らなきゃいけないのがバニッシュよ」


「バニッシュ?」


すると、タービュランスの淵に何か目印が現れた。


「これは?」


「タービュランスで生まれるバニッシュの位置よ」


位置はリンシェンから少し離れた位置から始まり、離れると無くなっている。


「出る方法は三つ。離れる、止まる、飛ぶよ」


走るのを止めれば自然と抜け出せるが、止まるは最も危険な脱出方法だ。


他の走者と衝突する危険がある。


次に引き寄せの効果があり難しいが、後ろに下がればタービュランスが消え、抜けられる。


下がる方法は止まるに似ているが、ゆっくり下がれば衝突を防げるだろう。


現にミイナは引き寄せ効果を上手く使いながら出力を変え、一定の位置に乗っている。


そして……


「バニッシュはジャンプ台とも呼ばれてるストームギアの発射点よ。

通常でも飛べるけど、このバニッシュの位置で飛ぶと大きく飛ぶことが出来るの。

どう動くかは実際に見た方が早いわね。ミイナ、お手本をお願いできる?」


「はーい、お任せくださーい」


スルスルとトウヤ達の位置まで下がると、一気に加速してバニッシュから飛び出す。


高く、宙を舞う姿はまるで飛んでいるようだ。


横に回転しながら落ちてくると、再びタービュランスに乗る。


着地と同時に嵐のような風が起きたため、トウヤとリリスは

少しバランスを崩すが、ルーとミナのフォローで上手く立て直す。


着地と同時に加速していくミイナは前に進むが、再びバニッシュから飛び出す。


また宙を舞ったかと思うと、今度は飛んだ先でタービュランスを作り出し一人で走り始めた。


「抜け出せたのか?」


「ええ」


そして急降下でリンシェンの横に降りると入れ代わるように動くことで、

ミイナのタービュランスに入れ替わり、リンシェンがそれに乗る形に変わった。


「タービュランスが・・合体した・・?」


「風の性質として流れを合わせるように動くから、タービュランス同士は簡単に混ざるのよ」


「すげぇ…出来るかな?」


「練習次第ね」


基本的な動きのみだったが、華麗に舞う姿は十分に魅力的だった。


「ルー、手伝ってくれ」


「当たり前でしょ」


練習に気合が入って意気込むと、ゆっくりとリンシェンが近づいてきた。


「タービュランスの乗り降りが出来ないとレースは無理だにょ~」


久々に話せたリンシェンが煽ってきた。


「なんだよ急に」


「これが出来にゃいとモービルだけにゃ~」


確かにそうだ。これが出来なきゃ今度のレースでは走れない。


せっかく新しいチームを作ってまで参加したのに無駄になってしまう。


「…ルー、行くよ!」







やはりチームとしては良好な関係だとクルルは感じた。


あまり平民を差別しないミナとそのあるじにあたるルー。


そして貴族に偏見がないリンシェン、トウヤ、リリス。


それ以前に、このメンバーは前から仲が良いのも良い感じだ。


(まさかこんなところにあったなんてね…)

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