外伝:湯煙の幸福と不幸

「あぁぁぁ!さいっっこ~!」


黒いお湯に浸かり、軽く背筋を伸ばす。


大きな部屋に複数の湯船。ガラス戸の向こうには湯船が一つと青々と生い茂る木々がある。


「地球にこんな施設があるなんて知らなかったな」


「一日居ても飽きないわね」


「さすがに逆上のぼせるぞ」


「もうっ!物の例えよ」


ルーとミナは銭湯に来ていた。銭湯と言ってもここはトウヤが造った施設である。


トウヤが特にルールは決めていないかったが、そこは頼んで女子だけの貸切にしている。


「にゃばばばぶぶぶぶぶ…ぶくぶく」


「あんた潜るんじゃないわよ!バカなの!?」


ジャグジー風呂でリンシェンが潜水をしていた。


「こういうバカは痛い目見ねぇと学習しねぇだよ」


潜水しているリンシェンをリーシャが踏みつける。


「にゃばばばばばばば!?…はぁっ!はぁっ!にゃんて恐ろしいことするにゃ」


全く本気ではなかったのですぐに逃れられた。


「こんなとこで潜ってんじゃねぇよ」


リーシャの言い分が正しい。


「ああ無理!もうダメ!」


近くの小部屋からティアが飛び出し、隣の水風呂へ飛び込む。


「おい!」


「あ!ごめん」


飛びこんだ水しぶきがリーシャにかかってしまった。


「飛び込みは体に負担がかかるからやるなって言ったでしょ?」


同じ小部屋から悠々と出てきたセレスは、ティアに注意しながらゆっくりと水風呂へ入った。


「おみゃ~も小言言われまくってんだにゃ」


同じ注意された同士、リンシェンはティアに同情したが、

「小言ってほど嫌な物言いじゃないわよ」と反論されてしまった。


「てめぇ。小言がうるせぇだと?」


リーシャは口角をピクピクせながら拳を握る。


「うにゃあ!そんなこと言ってにゃいにゃ!」


「うっせぇ!」


何だかんだでこの二人は仲が良いように思える。


「はあ。中はうるさいから外にしましょ」


そう言いガラス戸に手を掛けた途端、外の光景に気付き凍り付いてしまった。


「どうした?ルー?」


戸の前で身動きしないことにミナは不思議そうに外を確認した。


「ああ。行けないな」


外の湯船には、アローニャ、ステラ、ティーナ、ポーラが何か飲みながら入っていた。




木々が生い茂り、小鳥がさえずり、川のせせらぎまでも聞こえる。


本物…ではないが、精巧に再現されているあたり、これを作った彼は凝り性なのかもしれない。


手にしたグラスの中身をグイッと飲みほし、湯船の淵に置くと、ゆっくりと肩まで浸かった。


「ポーラさん。あまり強くないのですから、無理に私達に付き合わなくてもいいんですよ?」


「いえ、無理はしていません」


「なんだ?強くないなら舐めるだけでも構わんぞ」


「あらあら~、それを誘った本人が言うのね~」


「ほ、ほんとに無理してませんから。…いい景色に…飲みたくなっただけです」


「…ぷっ、はははは、立派にマスターやってるじゃないか」


「ふふっ、そうね。あなたは昔から適任だと思っていたわ」


「あらあら~、体調崩す前に私の元へいらっしゃい。医者としても先輩としても助けられるわよ」


「あ…ありがとうございます」


こうやって身を案じ、からかわれるくらい見守ってもらえてる。正直それがありがたかった。


「…心配事が尽きませんよね」


「そうね。仲間内だったり上からだったり、尽きることは無いわね」


「それでもお前は続けていくんだろ?」


「…はい」


「なら自分を信じろ。それでも足りないなら私達を信じろ。お前の力は、十分理解しているつもりだ」


この余裕と言うか、何と言うか。自分はまだまだだなと痛感した。


「ああっ!ポーラさんでこれなら、セレスももっと大変そうね」


アローニャは大きく背伸びすると天を仰ぐように浸かり直した。


「はは、お前の娘もトウヤ君との一件でだいぶ変わった。そろそろ手伝わせてもいいんじゃないか?」


「そうね。それと同時に他にも候補が欲しくなったわね」


「あら?それはどういう意味かしら~?」


「ポーラさんみたいなパターンもありってことでしょ?」


「はっはっはっ、それが出来ない我々には耳が痛い話だな」


貴族と言われてるステラとティーナも、根本はアローニャと変わらないかもしれない。


「乾杯といきたいが、飲み物が無いな。……トウヤ君、同じ飲み物を四人分追加してもらえないか?

それと景色を変えてもらいたい。そうだな…月夜なんて出来るか?」


ステラは念話でトウヤに注文した。


「はい、わかりました」


そう返事があると景色が夜になった。


両側に緑色の真っ直ぐ伸びる幹に細長い葉が無数に生えてる見慣れない植物に、

そして手前は谷のように開けた場所で遠くに山が見える。


そしてそこから真っ直ぐ昇ったように大きな満月と無数の星が映し出されていた。


「ほう、いいセンスしてるな」


ステラがポツリと呟くと、後ろの方に台車が現れた。


「すみません。入れないのでセルフサービスでお願いします」


「なんだい、君も入って注いでくればいいのに」


「「!?」」


「じょ、冗談はやめてください」


「美女四人だぞ?不服か?」


ポーラは正直入ってきてほしくないと思ってた。


「不服ではありませんが、やめてください」


「あらあら、可愛いわね」


「ふふっ、この年でも女として意識してくれるのは嬉しいわね」


ポーラは心の中で、こういう対応をこなせるトウヤを褒めると同時に、若輩である自分が率先して注いだ。


全員に飲み物が渡ると、ステラはグラスを月にかざした。


透明な飲み物の中に満月が浮かぶ。


「では。…新しいマスターの誕生と」


「新しいギルドの成功を願い」


「そしてわたしたち魔道士の大成と~」


「先輩方のこれからの活躍を願って」


「「「「乾杯!」」」」




あのメンバーを見て入れない。そこは間違っていない。


しかし気を使って入れないなどではなかった。


外のメンバーには自分にないものを持っていた。


「……」


今さら残酷な光景が目の前に広がっていることに気付く。


ジャグジー風呂にいる小柄な彼女はそういう体質だから仕方ない。


しかし…


同じ風呂にいる彼女も、後ろの友人もしっかりした物がある。


そして…


水風呂から黒湯に移った彼女たちはさらに立派な物、

特に水風呂に飛び込んだ方は外の四人に負けず劣らずの物を持っている。


それに比べて自分は…


「ああ、わかるよ~あんな残酷な物に並びたくないよねぇ~」


「ひぅ!?」


確か電気風呂と言われた寝湯のところに居たはずの彼女が、突然抱きついてきた。


「なんの話ですか?ただ気を使って…」


「そんなのは建前よ。本当の気持ちは私ならよくわかるわ」


そう言う彼女も自分と同じような体型だった。


「ち、ちち、違いますよ。あたしは言う通り、気を使って行かなかっただけです」


そう言うと早足で脱衣所へ向かった。


「も、もう出るわ。お先に」


「あ、おい」


制止も聞かずに向かったが、電気風呂にもう一人いることに気付いた。


そこには最近加わった小柄な彼女がうたた寝をしながら、電気と掛け湯を満喫していた。


(あ、あの子も同じ…)


そう思いながら確認したが、見事に期待は裏切られた。


あの小柄な体型に似合わない立派なものが二つ…


(ちくしょう!)


心の中で叫びながら退出した。

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