彼女の夢

@takahashinao

私の夢

佐伯さんはウェディングプランナー、鈴木さんはユーチューバー。


彼らの発表を聞いていたら、世の中には様々な職業があることを知らされる。


メディアや周りの大人たちの影響が反映されていて、今の子供たちは現実的で冷めているように思われているようだが、世間を目で見る機会が増えているからこそ具体的なだけで、そのふわふわとした希望感は今も昔も変わらないんじゃないかと思う。


私はぼんやりとみんなの言葉をただ聞いていた。


「はい、湯沢さん、発表ありがとう。席に戻っていいわよ。みんなも拍手ー」

パチパチパチパチ。

ガタガタガタッ。

最後の発表者がクラスメイトの拍手を浴びながら黒板前から離れていく。

ちなみに彼女の夢は公務員になって、両親を毎年旅行に連れていくことだった。


「全員注目ー」

よっこらせと花沢先生は教員椅子から立ち上がり黒板前に移動する。彼女はここ6年3組の担当教員だ。


夢を発表したことで実現に一歩近づいたような熱気がクラスの空気を浮つかせていた。

最近はひんやりとし始めていた教室の温度がうっすらと汗ばむほど高まっている。


「全員とても良い発表でした。みんな、しっかり考えてきてて、先生すごく安心しました」


彼女が胸の前で両手を重ねて言う。少し大袈裟だけど、それを疎ましく思う人間はここにはいない。


「今日発表してもらったことを、明日は卒業文集用に清書します。明日は各自ボールペン持ってくるようにしてくだーさい」


先生独特の語尾で、その時間はまとめられようとしていた。


「せんせー。先生は夢って何だったんですか?やっぱり先生?」


1人の生徒が興味本位で手を挙げて聞いていた。

私は嫌な気持ちがして、まだ小さなこぶしをぎゅっと握った。


子どもは残酷だ。

大人は夢の集大成だと信じている。

実際は違う。


彼女の夢は外国語の通訳になることだった。

だが、同時通訳ソフトが開発され、世界中の人々が自分たちでコミュニケーションを取れるようになってから、通訳になるのはより狭き門になっていた。


彼女が大学に通っているときにソフトが流通し始め、彼女は自分の実力だけでは、アップデートされゆく世界で夢を叶えることは無理だと判断し、次世代に夢を託す生き方を選んだ。


そのことを後悔していないのは、普段の彼女を知っていればわかる。

だが、あのときもっと頑張れたのかもしれないと思い出す瞬間があることを私は知ってる。


ハラハラしながら待っていると、彼女はにっこりと笑った。


「先生の夢はね、お母さんになることだったの。だから、先生は夢の途中。みんなと一緒よ。きっと子どもも大人もみんなずっと夢の途中なの。人生って素敵ねえ」


彼女は私が包まれた大きなお腹をさすった。


さすが。

さすがは私の母だ。


私がこの世に生まれ落ちる時、記憶もごっそりと流れ落ち、土に溶けることになっている。

だが、この笑顔を誇りに思う感情だけは、私に残り続ける気がした。


私にはまだ夢はない。

だから今はとにかく彼女の夢を叶えることだけに専念しよう。

そう決意してゆっくり寝返りをうった。


「あ、動いてる」

「えー、先生、お腹触ってみてもいい?いい?」

柔らかい光が6年3組の教室を包んでいた。

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