第4章 storyを選択できるのは自分だけ

プロローグ 予知夢

 最愛の妻が交通事故で亡くなった。

 その日は雪が積もっていた。前日の夜、都内で珍しく大雪が観測されたのだ。


「あ、替えのオムツなくなってる。ちょっと買ってくるね」

「こんな大雪の中で?」

「でもほら、泣いてるし」

「もう少し待っても……それに一人でいくのは心配だな」

「すぐそこだし大丈夫よ」


 妻は彼と産まれたばかりの息子を残して家を出る。その時はなにも気にしていなかった。男は心配な素振り一つ見せず、ただ息子の面倒を見る。

 そんな幸せを満喫している時に固定電話の着信音がけたたましく、長く響く。


「玉川学さんですか?」


 聞き覚えのない男の声。相手は警察官のようだった。

 直後に告げられたのは妻が交通事故にあったという話だった。どうやら凍った路面を走っていた車がスリップしたらしい。


「妻は……園子は……?」

「残念ながら……」


 その言葉を聞いた瞬間、全身の血の気が引いた。思わず電話を耳から離し、天井を仰ぎ見た。理解ができなかった。

 ふと、視界の端で目に入ったのは居間に掛けれれていたカレンダー。日付は来年の二月一四日──今から二ヶ月後を示していた。

 そこで意識がブラックアウトし、は我に返った。これは夢だ、と。


「またこの夢か」


 何度同じ夢を見ただろうか。玉川が仕事場でうたた寝をした時に見る夢はいつも決まっていた。自分の最愛の妻──園子の訃報だ。

 夢は夢と割り切れればよかった。だが、不可思議現象対策を生業なりわいとしている彼にとってそれは予知夢だという確信があった。手元のパソコンで転送装置の稼働状況を確認する。


「やはり装置が作動している……意識だけ持っていかれていたな」


 それだけ確認すると、玉川はなにごともなかったかのように装置の電源をオフにした。いちいち落ちこむこともない。もう慣れてしまったのだ。


「私はなにをしていたんだっけか……? ああ、そうだ」


 ディスプレイに映る書きかけのテキストファイルを見て思い出す。書いていたのは和泉姉弟の一件についての報告書だ。

 事件があったのは一ヶ月半前だ。それはすでに一度報告済みの書類であった。


 ──「この世界は変わらなくていい! けど! せめて! 二度も見殺しになんてしたくない……俺の言葉で幸せにしてから帰したい! 誰かにささやかな希望を抱かせるのは間違ってることなんでしょうか……?」。


 あの日以来、優の言葉が頭にこびり着いて離れない。純粋で真っ直ぐな感情が間違っていると断じることができなかった。

 思うところがある事件はほかにもある。春に起きた未来の異世界からペットがパラレルシフトした事件と夏に起きた過去の異世界から女の子がパラレルシフトした事件だ。


「ペットとの出会い、想い人との出会い。そして……死んだ姉との再会。彼彼女らの出会いはまるで誰かが意図的に引き合わせたかのような奇跡だった。偶然で片付けるには……でき過ぎている。だとすれば我々のやっていることに意味はあるのか? 我々は奇跡の邪魔をしているのではないか」


 彼らと関わってから、ずっと玉川は自分の職務に疑問を抱いていた。今まではなにも考えず、オーパーツとなり得る漂流物をもとの世界に帰せばよかった。しかしこの一年で起きた事件はどれも毛色が違った。

 『漂流者を排除。パラレルシフトによる影響なし』。これらの事件全てに対して、本当にこの報告でよかったのだろうか。

 漂流物に影響を与える、ないし与えられたとしても、その先で選択するのはその世界の住人の意思である。そう思いたいのはきっと次元転移装置──異界の扉が夢を見せた直後だからだろう。

 そんな折にアラートが鳴り響く。市内のどこかでパラレルシフトが起きたようだ。


「こんな時にか」


 報告書の訂正を放り出し、玉川は部屋から出ていく。今は目の前の事件が優先だ。答えなんて後で考えればいい。

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