第3話 重なる面影
「アルト!」
夢の中で少女が子犬とじゃれていた。茶色と白が混ざった体毛。テリア系と思しき顔立ちだが、犬種ははっきりとしない。
散歩に出かけて、野を駆け回る。ボールを飛ばして、二人で楽しむ。腹を撫でると子犬は喜びを表すかのように右の後ろ足を慌ただしく動かした。無邪気でかけがえのない……幸せな時間だった。
瞬く間に月日が経過する。少女は大人になるが、子犬の姿はほとんど変わらない。共に成長したのは最初の数年だけだった。
次第に彼女は散歩へといかなくなる。共に遊ぶこともなくなった。明確な理由などはない。あえて言うのであれば『思春期だったから』。それに尽きる。
「ごめんね……アルト」
最後の散歩は子犬が老犬へと変わり果てた時だった。しっかり足は動いているが、昔のように積極的に駆け回ることはない。最期を楽しむかのように、風景に思い出を馳せるようにのんびりと歩く。
「ごめんね……私、なにも気づけなくて。ごめん」
謝っても謝っても犬は同じ顔で彼女を見つめるのみ。気持ちはわからない。
気づいた時にはもう犬はいなかった。彼女はなにもしてやれなかったことを悔いて涙をこぼす。最後の最後に飼い主面をしたってなんの罪も滅ぼせない。
「もう犬なんて飼わない……! 私には飼う資格がないんだ……!!」
怖かった。同じ過ちを犯すのが。二度と同じ思いはしたくない。なにも気づけず、なにもわからずに過ごすのが嫌だった。
「アルト……ごめんね」
呟くと同時に智紗都は目を覚ます。左目からつーっと雫の筋が垂れている。そんな資格なんてないと思いつつも、
「夢……か」
茫然と体を起こした。
綺麗な想い出などではなく、彼女にとって悪夢だった。ずっと見ないように蓋をしてきたもの。それが表出した原因は理解している。
「犬なんて……拾うから」
膝を抱えながら、かぶりを振った。悪いのはティーダではない。『ご主人』と呼ばれる資格がない自分だ。
「私になにができるんだろう……」
罪悪感に苛まれながら寝ぼけた頭を働かせる。
ティーダがアルトの生まれ変わりという確証はない。足の癖は今のところ偶然の一致だ。珍しい癖ではないのかもしれない。
「やっぱちゃんと飼い主を見つけないと……私にできることはそれしかない」
それが智紗都なりの『罪滅ぼし』だった。
ティーダの正体が妄想通りだとして、飼い主が別にいるとすれば……それはそれでよかった。飼い主として失格だったが故の罰か。はたまた自分の後悔を払拭するために一目会いにきてくれたのか。どちらにせよ彼のために働くことが『罪滅ぼし』になる。
「だったら善は急げ、だ」
飛び起きた智紗都は颯爽と着替えてノートパソコンへと向かった。迷子の犬の飼い主を探す一番の方法は近所にビラを貼って周ることだ。
出会った経緯、特徴、犬種……そして名前。わかる範囲のことは全て記入した。そして最後に必要なのは……
「……写真。うう……あの子と向き合うのつらいなぁ」
思い出が蘇ったせいで昨日以上に対峙するのが気まずかった。けれども撮らないわけにはいかない。写真こそが自分の犬かどうかを判別する決め手になるはずだ。
そっと部屋の扉を開けて、リビングへと出る。ケージの中で水を飲んでいたティーダと目が合った。途端、彼は嬉しそうに舌を出して『お座り』をする。
「別に遊びにきたわけじゃないから! はい、そのままそのまま……」
智紗都は足音をたてないように忍び足で近づき、スマホを構える。ティーダを写真に撮ろうとする姿を両親が見たら、きっと勘違いすると思った。
「よし、オッケー。ちゃんと首輪も写ってる。じゃ、さよなら!」
逃げるように部屋へ駆けこんだ。バレずに撮影してしまえばあとはどうでもよかった。
再度画像を確認するため、スマホに視線を落とした。しっかりと珍妙な機械が写っている。これについては文章で説明するより、画像の方がわかりやすかった。
ビラは完成した。あとはコンビニで印刷して、貼るだけだ。智紗都は早速外へと繰り出そうとする。
「智紗都、どこいくの?」
そんな時だった。佐恵子に見つかったのは。
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