ここは奇跡が起こる街だ

プロローグ 回想

「この世界の全てのできごとに意味がある。偶然なんてない。全てが必然だ」

　ベンチに腰かけた青年が詠（うた）うように言葉を紡いだ。

　彼はこの世で起こるありふれたできごとも全て必然だと言う。ペットと出会ったことも、運命の相手と巡り合うことも……そして二度と会えぬ別離があることも。人生のできごとは全て、起こるべくして起こるのだ。

「彼らの身に起きたのはただの奇跡ではない、と？」

　隣に座っていた壮年の男が問い返す。青年の言葉がどうしても気になった。彼の言葉が自分の人生を大きく左右する予感がしたのだ。

「そうだね。けど必然のできごとに気づけず、取り逃すということはある。そういう意味では奇跡や偶然と言えるかも」

「結局、なにが言いたいんだ」

　壮年の男は呆れて肩を竦（すく）めて見せた。青年の言葉は矛盾している。言葉遊びでもしているのかと思い、もどかしくなる。

「だからね、俺はこう言いたいんだ。神様は等しくみんなにチャンスや機会を与える。けどそれを掴めるのは気づけた一握りの人だけだ。臆せず、一歩踏み出す選択をした人だけが自分の未来を決められる」

「未来を決めるのは自分次第……とでも言いたいのかい？」

「そう。この町田で起こる奇跡も必然なんだ。東京と神奈川の狭間というちょっと特殊な領域だから、摩訶不思議なことが起こるけど……チャンスを与えられていることに変わりはない」

　壮年の男は口をつぐんだ。自分はその奇跡や必然を邪魔するものだと自覚していたからだ。摩訶不思議なものを排斥し、秘匿するのが自分の仕事だった。

　自分がやってきたことは本当に正しかったのか。未来を決めることから逃れてはいないか。ひたすらに考えた。

「さあ、あなたはどんな選択をする？　町田市漂流物対策課課長としてではなく、一人の男として……玉川学として。恐れずに未来を掴む覚悟はある？」

「私は……私は……」

　玉川学と呼ばれた男は自分の行いと出会ったものたちのことを思い返す。

　迷犬と出会った大学生。

　運命の出会いをした男女。

　後悔を抱えた作家。

　彼らは起こった奇跡に対してどう向き合っていたか、どんな決断をしたのかを。