第2章 summer of loveは続いてゆく
プロローグ 冬のある日のこと
珍しく雪が降り積もった冬の日。
隣町でいきたい大学の過去問を買った帰り道のことだった。電車を降りた時、彼女の目に一人の男子高校生の姿が映る。
寒さで体調を崩したのだろう。駅のホームでうずくまり、苦しそうにしている。周りの人は目もくれず、ただただ無視を決めこんでいた。
「情けは人のためならず……だよね」
「大丈夫ですか? あっ……」
その男の子の顔を見て瞬時に悟った。見間違えるわけがない。
──また彼に巡り会えた。
美桜は彼を知っていた。いや正確には自分の知っている彼ではない。ここでは初対面の人だ。
「すいません……大丈夫ですから」
「顔、青ざめてるよ? 大丈夫じゃないって」
「ありがとうございます……けど少し気持ち悪くなっただけですから」
美桜はめげない。迷惑をかけたくないという気持ちと助けて欲しいという気持ちは同居する。それをよく理解していた。
「じゃあ平気になるまでそばにいるから。もしなにかあったらなんでも言って。吐きそうなら……ほらちょうど過去問入れてたレジ袋あるし」
「ありがとう。じゃあ……お言葉に甘えるよ」
様子を見ながら背中をさすった。しばらくしてから彼も落ち着いたのか、近くのベンチへと移動する。
「ごめんなさい。迷惑……かけたよね」
「ううん、全然。落ち着いたみたいでよかった。帰れそう?」
「もう大丈夫。各停ですぐだからね」
「それなら大丈夫そうだね」
彼の余裕のある面差しを見て、美桜は笑みを浮かべた。助けることができて心の底から嬉しかった。
「あのさ……君はどうして僕を助けてくれたの? ほかの人はみんな知らんぷりだったのに」
腑に落ちなかったのだろう。彼は「道ゆく他人は手を差し伸べてくれない」と言わんばかりの勢いで、疑問をぶつけてきた。
不思議に思うのも当然かもしれないと美桜は思った。少し前の自分なら、周りと同じように見知らぬフリをしたかもしれない。
「私ね。君に助けられたことがあるの」
「え? 初めましてだよね?」
「ふふふ、そうだよね。冗談」
嘘ではないけどここでは本当のことではない。だから冗談とはぐらかしておく。それに彼だとわかっていて助けたわけではない。偶然だった。
「本当のことを言うとしたら……『情けは人のためならず』ってことかな。誰かにした優しさが巡り巡って返ってくる。私は受けた優しさを誰かに返したかったんだ」
「そっか。いい言葉だね」
「でしょ?」
共感してくれたことが嬉しく、自然と口角が上がってしまう。すると彼は恥ずかしそうに顔を逸らした。久しぶりにこういうやりとりができた気がした。
『お待たせ致しました。四番ホームに各駅停車新宿行きが一〇両編成で参ります。次は玉川学園前に止まります。危険ですから黄色い点字ブロックの内側までお下がりください』
二人の別れを告げるように電車のアナウンスがホームに響く。車両はまもなくホームに到達するだろう。
「電車くるね」
「あ、うん」
「私はここが最寄りだから、君を見送ったらいくね」
二人の間に沈黙が流れてしまう。美桜としても名残惜しさがあった。できることならもう少し話していたい。
──けど多分これはきっかけなんだ。私たちの道はここでも繋がってる。
そう思った次の瞬間だった。彼が声を上げたのは。
「ねえ! 君、名前は?」
名前を聞いてくれた。自分のことを覚えようとしてくれた。
「私、小林美桜」
「美桜ちゃんか。僕の名前は──」
「
「なんで知ってるの……?」
唐突に告げられた事実に泰介と呼ばれた少年は面食らう。
少し間抜けな顔が美桜には愛おしく思えた。自分が「帰らなくてもいいのかもしれない」と言った時と同じで、なに一つ違わない。彼女の知っている泰介にそっくりだった。
「ほら、電車きちゃったよ? じゃあまたね、泰介くん」
「うん! またね! 次会った時はお礼するから!」
連絡先も交換しなかったのに「またね」。それは確信があっての言葉だった。自分たちの道は絶対交わる運命なのだ。東京と神奈川、時間と空間の境界であるこの街で。
二人の間に一枚の隔たりが現れる。窓から見える泰介になぜかずっと手を振ってしまう。視界の端から消える最後の瞬間まで何度も何度も。
「この世界でも好きになろう。好きになってもらおう。少し違うかもしれないけど……泰介は泰介だから」
時間も空間も飛び越えてまた巡り会う。これはそんな二人の物語。
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