1年後の僕達
第1話 平凡な日常1
あれから1年が経ち、フィリップとリリアンは1つ歳を取り、11歳と19歳になっていた。フィリップとリリアンはあの時、出逢った守り神の元で穏やかに暮らしている。
「ん……」
「おはようございます、フィー様」
朝、目が覚めると、即座にリリアンが挨拶をしてくる。フィリップとリリアンは今でも共に肩を並べて寝ている上に、寝ている場所が地下室という真っ暗な場所なのでリリアンは灯りを付けない限り1人で動くのが非常に難しいのだ。よって、いつも先に目覚めているリリアンだけど動かずに待っていてくれ、フィリップが目覚めたことを察知すると即座に挨拶してくれるのだ。そんな朝一でリリアンの声が聞ける嬉しさに勝るものなどなく、フィリップはいつも幸せな気持ちになる。
「おはよう、リリ。起こしてくれて良いのに」
「いえ、私も目覚めたばかりですから」
「……そうか。なら、行こうか」
「はい」
まるで新婚夫婦のような会話にフィリップは満足しながらリリアンと手を繋いだ。ベッドから起き上がって地上に出るとそこはリビングだ。地下室に降りる階段は1階のリビング、お風呂場のすぐ横にある。
そこからすぐにお風呂場へと入る。当然、お風呂場及び脱衣所は当然の如く男女で別れているのだが顔を洗う為にわざわざ別れる必要もないのでそのまま男用の風呂場に行き、顔を洗ったり髪を梳いたりする。風呂場ですることでないし、洗面台を創ろうかと守り神に提案されたこともあるのだが、別に問題はないので今でもこのままだ。お湯が使えるようになるまでの頃と比べたら断然快適になっているのだし、文句などあるはずもない。
「今日はいつもと変えるかい?」
「いいえ。いつも通りで構いません」
「残念だな。でも、三つ編みはリリって感じがするよな」
「ふふ、何ですか、それ」
こうやって一緒に朝の支度をするようになってから、しばらくした頃だった。リリアンの髪を結ぶ様子が興味深く、フィリップが試しにやらせて貰ったことがあったのだ。それから練習と言って、リリアンの髪を結ぶ役はフィリップが請け負うようになった。元々冷遇されていたが故に自分の身の支度は自分で出来ると言うこともあり、そう難しいことではなかった。むしろリリアンとスキンシップをする為のただの言い訳というものだ。
「よし、今日のリリも可愛いな」
「ふふ、ありがとうございます」
スッキリとしたフィリップとリリアンはお風呂の窓を開け空気の入れ替えを出来るようにするついでに外の温度を確かめ、脱衣所に戻った。いや、正確に言うと脱衣所ではあるのだが、衣服もしまってあるので衣装部屋でもある。そこで着替えて外に出る為の防寒も済ませる。
因みに当然リリアンとは別れている。フィリップが年齢上子供だとは言え、一緒に着替えるなど有り得ないからだ。リリアンが良しとしてもフィリップがダメだ。
家の構成として脱衣所兼衣装部屋など少々兼任させ過ぎかもしれないが、そこまで衣服を持っていないフィリップとリリアンには不便さが感じられないのでこれも改善する気はない。本当はこんなところで収まらないくらいにリリアンに衣服を与えてオシャレを楽しんで欲しいとフィリップは思っているが、現状布は0から守り神に創って貰っている状態なのであまり贅沢は言えないのだ。
そうして着替えの済んだフィリップとリリアンは軽く水を飲んで喉を潤わせてから、リビングの中心にある家の裏側の方に当たる扉から祠部屋に出た。部屋と言っても下は地面が剥き出し状態の広々とした空間だ。ほぼ中心の位置にある祠を覆うように壁と屋根を設置しただけの場所と言っても良い。よって、ここの空気は外気と殆ど変わらない。
「っ、やっぱりまだ寒いな。大丈夫かい? リリ」
「大丈夫ですよ。きちんと着てますから。でも本当に家の中の温度と違い過ぎて驚きますよね」
「家の中は暖かいからな。うう、寒っ」
壁一枚隔てただけで本来ならそこまで温度が変わるわけもない。いや、実際は壁は三重構成になっているらしいので壁一枚とは言えないのだが、そこは言葉の綾というものだ。
家の中の温度が高いのは理由がある。勿論、暖炉を焚いているとかではない。むしろ、家には暖炉などない。家の中で火を焚く場所は台所の竈くらいなものだ。それでも家の中が暖かく、且つ一定の温度で保たれているのは、守り神が温水床暖房というものを設置して下さっているからだ。温水床暖房とは何でもお湯を床に流すことでお湯の熱に触れて空気が暖められ、それが家中に行き渡ることで暖かな家が出来上がると言うものらしい。
我が家は、いやこの結界内の施設は殆ど全てが守り神による奇跡による産物だ。冬の期間もこれがあったからこそフィリップもリリアンも快適に過ごすことが出来た。本当に神様と言うものは凄い。
祠の前であの初めて逢った日にしたように祈りを捧げる。違うのはこの胸にある溢れんばかりの感謝と信頼と尊敬の気持ち。本当にここまで穏やかで幸せな暮らしが出来るなど夢でしか有り得ないと思っていたのに、実現させられたのは偏に守り神のお陰だ。
「おはようございます、守り神様」
『ふんふん、おはよう、フィリップ、リリアン』
「おはようございます、守り神様。今日も素敵な毛並みですね」
フィリップの挨拶をきっかけに祠の上、空中にポンっと守り神が現れた。守り神は神出鬼没なのだ。互いに挨拶を交わすと少しばかり雑談をした後にフィリップとリリアンは散歩に出る。
散歩では随分と広くなった結界内をまわってリリアンが植物に話し掛けるのをフィリップは優しく見守る。勿論、異常がないかという視点でも見てはいるが、ここは結界内。そんなことが起きていたら守り神が教えてくれる。よって、基本はリリアンの幸せそうな顔を眺める時間だ。リリアンは植物の成長具合を確かめたり手入れが要るかを確かめたりして、時に収穫をするのでそれを手伝ったりもする。
「あらまあ、随分と蕾が大きくなっているわね。これならもうお花も咲いていそうだわ」
「昼に散歩するかい?」
「ふふ、良いですね。ですが、お仕事を優先しませんと」
「少しくらい息抜きしても良いのに」
「充分花壇作りで息抜き出来ましたよ。冬に消費した木材の補充をきちんとしませんと。まだまだ足りないものは多いのですから。まあ、フィー様が遊びたいと言うのであればお付き合い致しますよ?」
「僕が、リリに付き合ってあげるって言ってるんだよ」
「あら、てっきり遊びたいお年頃かと思いましたのに」
「リリー?」
リリアンは基本的にフィリップの言うことは聞く。でもリリアンに甘いところがあるのも知っているので、リリアンを優先しすぎていることに関しては軽い口調ながらもこうしてきちんと拒否を示す。抜けているところもあるけど、リリアンは頭が悪いわけではないのだ。
名家の娘なのに冷遇されていたが故に教育を受けることがなかった為、教養という点で劣等感を持っているようだが十分リリアンは素晴らしい思考力の持ち主だ。フィリップだって若干の教育は確かにあったものの、大半が図書館の本で独自に勉強しただけなのだから、そうリリアンと変わらないが劣等感と言うものは理屈ではないのだろう。
「そろそろ畑の方に行こうか」
「あ、そうですね。いつもすみません」
「僕も楽しんでいるのに謝る必要はないさ。それより今日は収穫出来るものあるかな」
「んー、どうでしょうね。収穫時期が近いものはあるので、成長次第ですね」
「それは楽しみだな」
リリが花の蕾が見えるくらいには明るくなったので、フィリップは畑に移ることを提案した。
朝の短い散歩の時間で全てをまわるには広くなりすぎてしまった結界だから、一部分ずつまわるようにしている。朝の散歩を切り上げるきっかけは明るさだ。太陽が完全に昇る前に畑仕事を終えたいのだ。よって明るくなってきたことを察知すると散歩を切り上げる。
真っ暗な中、見えもしない上に起きている植物達も少ない時間帯に散歩をするなど有り得ないと思われるかもしれないが、見えなくともリリアンは正確に植物の居場所を察知する。対植物に関してだけはフィリップよりも空間認知能力が高いのではないかと思うくらいだ。
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