第6話 守り神との出逢い
「ここだ……」
魔の大森林に入ってからどれだけ経っただろう。兵士達に追走されたことが懐かしく感じるくらいの時間は経っていた。
その間、歩いて歩いて歩いて、少し寝て、また歩いて歩いて歩いて来た。途中で魔物を避ける為に大回りすることになったり、森の環境が行く手を阻んでいる為に大回りするなんてことがあったりした。冷遇されようが何されようが、本当に力があって良かったとフィリップとリリアンは心から言い合ったくらいには力に頼りまくっていた期間だった。
「ここ、ですか?」
リリアンが不安そうに辺りを見渡した。
そこは森だった。今までと同じ森。少し開けてはいるものの、これくらいの平原なら幾らでもある。
ただ1つ違うのは、目の前に小さな祠があることだけ。
「大丈夫だよ。見ていてくれ」
「危険はないのですね?」
リリアンが念押しするように聞いてきた。フィリップしか居ないのに、フィリップに何かあったらリリアンは死よりも酷いことになる。だから普段は反対など示さないリリアンが不安そうにそう言ったと言うのがフィリップには嬉しかった。それもフィリップを心配しているのなら兎も角、リリアン自身のフィリップと一緒に居たいという欲から来ている言葉なのだから。嬉しくならないわけがなかった。
「僕が信じられないかい?」
「まさか。私はフィー様だけを信じております。フィー様だけが私の真実です」
「ありがとう。リリがそう言ってくれるから、他の全てより僕を選んでついてきてくれたから、僕はここに辿り着けたんだ。心から感謝しているよ。だから、是非そこで見守っていてくれ」
「御意に」
跪いて全幅の信頼を示すリリアンにフィリップは笑みを隠せなかった。勿論、一番嬉しいのは隣に並んでくれることだ。だけど、フィリップに頼る信頼の気持ちは男として頼られているようで嬉しくなる。
だからこそ、フィリップは手を伸ばすべきだ。ここに来る為に、出逢う為にやって来たのだから。リリアンから祠に視線を向け、一歩、また一歩とフィリップは前に進む。
フィリップにはリリアンを幸せにするという目的がある。
そして詳細は分からないが、フィリップは確信していた。これと逢えば必ず幸せになれると。リリアンを幸せにすることが出来ると。理由は分からないけど、確信していた。
フィリップが祠に手を付き、目を閉じると自然と口が動いていた。
「魔の大森林に潜む守り神よ、どうか我の願いを叶え給え。この憐れな我らにどうか安らかな住まいを。そして守り手の居ない我らを守り給え」
木々のざわめきも、魔物の鳴き声も全て消えた。静寂の満ちた森にフィリップの声変わりしていないまだ幼い声が響いた。意外としっかりと耳に残った声の余韻が消えないうちに、祠が徐々に光を帯びていった。
「!! フィー様!!」
その光に危機感を感じたリリアンが駆け寄ろうとしたのがフィリップには分かった。だけど、フィリップは全く危機感など感じていなかった。むしろ嬉しかった。泣きそうになるくらいに嬉しかった。心から安堵した。
次の瞬間、祠の上に、フィリップの目の前に何かが浮かび出て来た。
「……え?」
頭2個分くらいの小さな全長、頭の上にピンと立つ2つの尖った耳、黄金色をした毛色、身体の割に大きくふっくらとした尻尾。クリクリのつぶらな瞳がフィリップを見つめていた。
「!! 守り神様!!」
どう見ても
だけど、フィリップはそう呼んでいた。それが正しいと知っていた。
『うわっ、出られた!?』
戸惑いの声を上げたリリアンも、歓喜の声を上げたフィリップも無視して、
フィリップなど確実に目が合っていたし、目の前に居るにも関わらず、ガン無視してきょろきょろと周囲を見渡された。
『ここは森? って、何だ、この体!? 狐?』
何だか次々に驚きを示し、1人で騒いでいるが、立派な神様のはずである。多分、恐らく、きっと。
初めてフィリップは自分を信じる気持ちを疑いかけた。
だけど、もう今更戻れないのだ。ここでリリアンを幸せにするしかフィリップに出来ることはないのだ。今更ダメでしたなんてリリアンに言えるわけもない。そう思ったら、話を進めるしかなかった。
「あ、あの、守り神様?」
控えめに、神様の機嫌を損ねないようにそっとフィリップは守り神に声を掛けた。
『ああ、ごめんごめん。ちょっと興奮しちゃったよ。で、何だっけ? 住処が欲しいんだっけ?』
ようやくフィリップとリリアンの方を向いてくれた。
やはり神様のはずなのだが、
でもフィリップだって子供にしか見えない容姿をしているのだ。人は見た目ではないはずだ。いや、神様だけど。
実際にフィリップだってまだ10歳だ。声変わりもしていなければ子作りだってまだ出来ない。元々発育は良くなかった上にここに来るまでの歩いて歩いて歩きまくるという行動のお陰で大幅な体重減少が行われた。見た目だって肩まである白銀の髪と明るい緑色の瞳が明らかな子供顔に付いていて大人の渋さや頼りがいとは無縁だ。
だからこそ、見た目は重要ではないとフィリップは心から思っている。守り神だって
最後の不安要素は脇に置いて、フィリップは要望を口にした。
「は、はい。私共をお守り頂けませんでしょうか」
神様に対してお願いをするのだからと祈りの体勢である片足を立てて跪き、両の掌を心臓の上に重ねるようにして置いて、頭を垂れた。即座にリリアンも同じ格好をする。
『どうしてそれを私に望むのかな?』
「それが、私共が助かる唯一の方法だからです。私共はもう……ここにしか居場所がないのです!」
ここで断られたりしたら、全てが水の泡だ。リリアンを幸せにする為には守り神の協力は、いや庇護は必要不可欠なのだ。そもそももうそろそろフィリップもリリアンも限界だ。ここで断られたらあの夢の中の自分のようにリリアンと心中するしかなくなる。フィリップは必死で訴えた。
『ここにしか、ねえ?』
守り神は再度周囲を見渡していた。
フィリップには守り神が何を考えているかなど分からない。ただ守り神の返事次第ではフィリップとリリアンの今後の全てが決まるということだけは事実だ。
『1つ条件がある』
「何でしょう!?」
『私の信者となることだ』
「勿論です!!」
しばらくして口を開いた守り神に言われた条件に1も2もなく頷いた。むしろ願ったり叶ったりの展開だからだ。
「私はフィー様のご意思に従います」
守り神がフィリップからリリアンに視線を移したのはリリアンの賛同もなければいけなかったからなのだろうか。リリアンもあっさりと賛同を示してくれた。まあ、リリアンがフィリップの意見に反対するとは思っていないので、予想通りの言葉だ。
『ふんふん。なら2人を私の信者として認定しよう』
そうして何か前足を動かしていた。何かしらの文様を空中に描いているようにしか見えなかったが、神様に必要な儀式のようなものなのかもしれない。
『まずはここに結界を張ろう。君達はまずきちんと寝た方が良い』
「ありがとうございます」
実際、かなり限界だったのでとても助かる提案だった。祠を中心とした場所にヴェルト王国の王宮に張られている結界と同じものが張られたのが分かった。やはりあの摩訶不思議な結界は神様によって張られたものだということなのだろう。
そんな事実に納得しつつも、ここが安全ということが分かって眠気が襲ってきたこともあり、守り神の提案通り、リリアンと寄り添いながら眠りに就いた。
きっと、ここでならフィリップはリリアンと2人で幸せになれるはずだから。そんな希望を胸に抱き、フィリップはリリアンの手を固く握りしめながら目を瞑ったのだった。
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