即興小説トレーニングシリーズ
赤坂大納言
第5話 万策尽きて
全人類にとって八月末日というのは、その年で最も深い絶望を味わう日であることは共通認識であるはずだ。特に小中高生にとって、その奈落の暗さは何よりも色濃く感じる。
かくいう私もその一人だ。机の上のライトが、真っ白も真っ白、凄まじい雪嵐が吹き荒ぶ南極大陸のように真っ白のまま夏休み最終日を迎えてしまった私の数学の宿題を煌々と照らす。あれ、なんだか昭和基地が見える気がする。二匹の犬もだ。たろおおおおおおおおおお!!!!じろおおおおおおおおお!!!
別にただの怠惰でこうなってしまった訳では無い。事実、ほかの教科は既に終了している。では何故数学だけこうなってしまったか。そう、実はこの不肖、世界史上稀に見る最大最強の数弱能力持ちなのだ。能ある鷹は爪を隠すと言うが、私の場合、爪も隠せぬほど強大なものになってしまったらしい。やれやれだぜ。
「あれ、俺また何かやっちゃいました?」
苦し紛れにボケてみたが、違うのだ、私の場合だと逆で、何もやっていないのだ。しかも誰も見てない自室でボケるな、ボケが可哀想だ。
これは全くもってどうしたことか。これでもかと言うほど打開策が見当たらない。否、そもそも打開策ないのだ。ないものを探すのは無理だ。化け物が耳なし芳一の耳以外を探すようなものだ。それは案外いけそうだな。例え話も壊滅的に下手くそだった。これはもう、痛快日本男児として、農耕民族の末裔として、武士の端くれとして、腹を括って寝ることにしよう。何せ今日は夏休み最終日である。最後くらい夏休みらしく過ごした方がいいはずだ。子供として、人間としてその方が幾分も健全である。私くらいの年代の子には、過剰なストレスはまさに毒そのものであることに間違いはない。
私はもそもそとベッドの上に戻った。
あぁ、初っ端の数学の授業で怒られるんだろうな。うちの数学教師、すげぇねちっこいんだよな。日本男児の風上にもおけん奴なんだ。漢たるもの、海より深い懐で威風堂々と構えておくべし。そういう意味では、堂々としている私の方が圧倒的に「サムライ」であるわけだ。失われし武士道の体現者として、私は数学の宿題をする訳にはいかぬ。当然の事ながら、たかが数学の宿題ごときに、私の気高すぎて誰も理解できない大和魂を捨てることなどできない。数学の授業という戦の中で、華麗に、そして勇ましく散ってゆくがもののふの華よ。
そして始業式を迎えての、翌日。数学の授業の前休憩。
「お前マジやばいぞ、数学の宿題やってないのはマズイって。やっぴー(八尋先生)まじで五十分全部使ってお前の精神破壊しにくるぞ」
「ほざけ!窓の外を見よ。この天照が俺を輝かせる限り、俺は何にも負けんのだ」
「馬鹿じゃね....」
予鈴と共に、皆が散らばる。
「我が勇姿をご覧じろ!!」
めちゃくちゃ怒られました。めちゃくちゃ怖かったです。なんかもう足がガクガクいって止まらんです。やっぴー嫌いだ。うわーん。
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