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「いやー、危なかったな!三十六計逃げるに如かず!」

 ナナキは笑いながらグランとともに飛空艇の搭乗口へと登って行く。

「あんな奴、俺が噛み殺してやる!」

 グランは架空のサダさんの喉笛に噛み付くフリをする。

「だから、サダさんが危なかったってこと!俺は血の海を見るんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ!」

「フンッ、お望みならいくらでも見せてやる。」

「お前の毛皮が赤っぽいのって、もしかして血の吸いすぎじゃないだろうな?」

「クックックッ、どうだろうな。」

 グランとナナキは、裸で語り合った事ですっかり打ち解けていた。グランは裸と言っても常に毛皮を着ているが。

「そうだ、クーさんが留守番してくれてるから、この温泉名物を届けに行こう。グラン、どこにいるかわかるか?」

「んなもん、ゴーレムに訊け。」

 ナナキは、一番近くのゴーレムに話し掛ける。

「1号、クーさんは?」

「カンシュニイラッシャイマス。」

「艦首か。いいね、1号、これでお茶作って持ってきてくれる?」

「カシコマリマシタ。」

「グランも一緒に謎の菓子食おうぜ。」

「いらん。」

「グランは変なとこ怖がりだなー。」

「怖くねぇ!」

 ナナキとグランが艦首に行くと、そこにはクーが風を受けながら島を眺めていた。

「クーさん、わざわざ留守番してもらってありがとうございます。お礼にお土産買ってきたんだけど、ご一緒にどうですか?」

 クーはツヤのあるサラサラした鋼色の髪を風になびかせ、落ち着いた目でナナキたちを見た。

「ありがとうございます……。」

 二人はその場に座り、グランは少し離れた所に座って、1号に持ってきてもらったお茶とともに謎のお菓子を頂くことにした。

「あの、ジョー艦長、前々からお聞きしたいことがあったのですが。」

 クーがナナキに話し掛ける。

「ふぁふ、なんでふぉ。」

 ナナキはパラパラ剥げるピンクの菓子を注意深く頬張りながら答える。

「私は、以前の職場でマナラインの製造に関わった方とお話をしたことがあるのですが、マナラインは、マナライン社の有名エンジニアであり代表取締役も務めるケイヴィシン氏が手掛けたとされていますが、実際には、あなたを中心としたチームがほとんど設計をしたとお聞きしました。これは、本当でしょうか?」

「…………。」

 ナナキは固まる。後方で距離を取っていたグランの耳がピクッとこちらを向く。

 初耳だけど、もしそれが本当なら俺、エライ奴に憑依してるぞ。

「おふぇふぁふぁいふぁふふぁなふぁ、」

 ナナキが喋るたびに、口からピンクのカケラが桜吹雪のように舞う。

「…お茶を飲んでから、お答えいただいて結構です。」

 ナナキはクーに言われた通り、お茶をすする。

「俺が開発者なら、大変な事だけど。そんな俺が、なぜこんなとこにいると?」

「それがわからないから、お聞きしたいのです。私が聞いた話ですと、あなたはマナラインの技術独占に反対していたとか。それと関係があるのですか?」

 これはだいぶ雲行きが怪しいぞ。

「どうかな…会社の決め事だからね。俺は逆に、君に興味があるな。もしかしてクーさんは、それを知ってわざわざここに?」

 とりあえずフワッと戦法&すり替えの術で切り抜ける。

「はい。マナライン社の知り合いに、あなたが島渡しプロジェクトのクルーを募集すると聞いたので。」

「なんでそんなに俺のことを?」

 ナナキは素直に訊いてみる。

「正直に言いますと、ある人にあなたの情報が欲しいと協力を求められまして…。誰かは言えませんが、一つ言えるのは、私はあなたの味方だということです。」

 誰だか言われても、ナナキにわかるわけないのだが。というか、ジョーダンがそんな重要人物だなんて、リズは一言も言ってなかった。ただ知らなかったのか、ナナキに気を使ったのか。

 これは今後の身の振り方が試される。クーさんが言ってることが本当なら、ジョーダンはそのプレッシャーとかで心的外傷を負って、七旗丈助という人格を作って意識の底に逃避しちまった、なんてこともありえるのか?それは非常に困る。もしそうなら、もっと鋼のメンタルとかIQ800とか範馬勇次郎みたいな人格を作ってくれよ。むしろ俺が今からそーゆう人格を作り出したいくらいだ。そんな大事な場面でオナホ段ボール梱包マシーンを人格としてクリエイトするのは絶対間違ってる。やはりどっかの段階でどうにかしてジョーダンの人格に戻って来てもらわなくては。

「ジョー艦長?」

 ナナキが考え込んでいると、クーが顔を覗き込んでくる。

「あ、ごめん。…申し訳ないんだけど、俺から出せる情報って殆どないんだ。」

「……それは、知ったら私にも危険が及ぶからでしょうか?」

 おおっ、一度は言ってみたいカッコイイ台詞だ。それはそうと、リズが出発前に心配してたこともこれに関係してるのだろうか?

「それは、俺にもわかんない。でもその可能性が少しでもあるなら、聞かない方がいいかも。」

「………。私は、知りたいです。たとえ、危険でも……。」

 クーさんすごいな。肝が据わってるというか、アグレッシブというか。今の話聞いて、俺は知るのが怖いって思ったけど。虫の知らせというか、嫌な予感というか。

 それにしてもこのジョーダンとかいう野郎、ただでさえ異世界って環境だけでも面倒なのに、とんだ重要人物だったとは。くそー、冗談じゃねぇ!…ジョーダンなだけに。

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