第二章
1
島渡しプロジェクト当日、ナナキはそれなりに緊張しつつ、準備された飛空艇へと向かった。
飛空艇はこれまた真っ白で、全体的にシンプルで幾何学的なフォルムが美しい。
真横から見ると、先端が鋭利で後部に重心が寄ったダイヤ型に近い。艦首からメインブリッジまでは、やたらデッキの長い大型クルーザーのようで、その後ろに折り畳まれた大きな翼が付いている。翼の下部にはマナラインを収納・設置するための設備やジェット推進エンジンが集中していて、その部分だけはシンプルながらもメカメカしく重量感がある。
ナナキは当初、飛空艇と言いつつ飛行船型を想像していたが、実物はどちらかというと、最近のアニメに出てきがちなデザイン重視型の宇宙戦艦に近い見た目だ。
この飛空艇で本当に空の旅に出るのかと思うと、一男子として興奮すると同時に、ここから先は会社内とはまた違った身の丈以上の大役と責任が待ち受けているんだ、という緊張と不安で心臓が高鳴った。
ちなみに、ナナキたちの乗る飛空艇には「ユディキュリア号」という名前が付いている。この世界での“運命を司る天使”の名に因んでいるらしい。
ナナキと集まったクルーは、飛空艇の搭乗口へと向かう。
「ナナキ!」
リズが手を振りながら走り寄ってきた。
「いよいよ出発だね!忘れ物はない?」
開口一番オカンみたいなことを言う。
「リズと一緒に確認したし、大丈夫。まぁ、忘れ物あっても転送システム圏内なら送ってこれるし。」
「まぁね。それと……サダバナイには気をつけて。」
リズは小声でナナキに耳打ちする。
「ドラゲナイ?」
「無理矢理間違えない!アイツ、自己主張の強いリーダータイプなのに君の下に着くなんて、何かあるんじゃないかと思って……。」
「ニューリーダー病ってやつ?うーん、どうしようもないと思うけど、忠告は受け取っておくよ。」
これが七旗丈助なら「どうにでもな~れ~」という感じなのだが、身体はリズの友達のジョーダンだ。そこが少々面倒くさいとこではある。
「リズの出発は少し後だっけ?」
「そう、なるべくナナキたちと同じ方向に行くつもり。何かあったら、駆け付けられるようにね!」
リズは元気よく拳を握った。
「いいね。俺が飛空艇から追放されたら、捨てナナキを拾いにきてよ。」
ナナキは両手を胸元にあげ、犬のポーズをする。
「艦長が何言ってんの!ほら、行ってらっしゃい!」
リズはナナキに向かって手の平を上げる。
「行ってきま~す。」
ナナキはその手にハイタッチをして、飛空艇へと向かった。
ブリッジに着くと、メンバーが全員そろっていた。ナナキが採用した四人と、会社から割り振られた三人、それにナナキの合計八人だ。
ナナキは、これでも一応艦長なので、改めて挨拶することにした。
「えー、皆さん、こんにちは。私が、艦長を務める、ジョーダン…」
ナナキはチラッと肩に乗せてるティリィに表示しておいたカンペを見る。
「ジョーダル・ヴィオトークです。『ジョー』とお呼びください。今後ともどうぞよろしくお願いします。あと一応、みんな何回か顔合わせはしてますが、改めて一言ずつ自己紹介をしてもらいたいのですが……、んじゃこちら…いや、こちらからお願いします。」
ナナキは自分から見て右からと言おうとしたが、やはり真ん中からにした。
「フッ、ディラーク・サダバナイだ。ヴィオトークより前からマナライン社に勤めている。歳もヴィオトークより上だ。俺は前に他の飛空艇で何回か艦長をしていたし、その時はこいつが俺の部下だった。わからないことがあったら、こんな奴より俺に聞け。わかったな?」
そう言ってサダ…なんとかは他のメンバーをジロリと見渡した。
ジョーダンは前にも飛空艇乗っていたのか。それにしても、サダ…何だっけ?この人の名前は難しすぎる。
サダなんちゃらは髪が白く、生え際は青い。染めてるのかは不明だ。前髪は右側が目を覆うほど長く、左側はデコを出し、ウェーブがかった長めの後ろ髪は高い位置でまとめている。仕草はことごとくナルシストの見本市で、顔つきからも性格が見て取れる。
「ありがとうございます。では、みんなわからないことがあったら、まず彼を頼って下さい。俺には事前に報告だけお願いします。」
ナナキはこの目立ちたがりな男を立てることにした。正直自分はリーダーなんてやりたくないので、仕切り好きの彼と役割を交換したい。しかしリズいわく不穏勢なので、早々に丸投げするわけにもいかない。願わくば波風の立たない関係を築きたいが、自分に艦長という肩書きがある以上、いつかどこかでボス猿ファイトが勃発するかもしれない。ナナキとしては全力で回避行動を取るつもりではあるが…。
それにしても、なぜこの男ではなくジョーダンが艦長なんだろう?前は立場が逆だったなら尚更だ。わざと対立するように役割を振ったか、お互いの罰ゲームとしか思えない。つくづく会社ってのは何を考えているんだか。
「それじゃ、あとは右から順番に自己紹介してもらう感じで…いいですか?」
「フン、いいだろう。お前だ、新人。」
サダなんとかは、一歩前に出て、一番右の女性を指差した。
「ハイッ!今年度入社しました、サン・ナイエルです!社会人なりたてですが、よろしくお願いします!」
健康的に日焼けした、フレッシュで元気な女の子だ。明るいオレンジの髪にイエローのメッシュが入っていて、外ハネのショートヘアーがとても似合う。
「よろしくお願いします。」
ナナキも挨拶する。
「次、その隣!」
完全にサダさんが仕切っている。とりあえず今は任せておけば楽ができそうだ。
「ショーゴ・オチファー…社内エンジニアだ。」
無口そうな男性だ。一見地味だが、落ち着いた雰囲気のせいか、不思議と安心感がある。ショーゴって名前も日本人風で覚えやすい。彼の髪はくすんだダークブラウンのようだが、光が当たった部分はオリーブ色に見える。
「次!」
サダさんはとてもイキイキしている。この人は本当に人を仕切るのが好きなんだろう。
「クー・サナライト、フリーのエンジニアです。よろしくお願いします。」
彼女は、ナナキがクルクルさんやメルケルさんたちと別日に面接して採用した女性だ。以前は飛空艇を製造する企業で勤めていたそうで、エンジニア経験も豊富らしい。身長はダントツ低身長のクルクルさんよりは高く、グラデーションがかった鋼色のサラサラショートヘアーで、座り気味の目が抑えめな印象だ。沢山いた応募者の中にエンジニアは他にも何人かいたが、ナナキはその中から最終的に彼女を選んだ。
「次!」
「………チッ、」
ワンちゃんが舌打ちする。
「なんだその態度は!第一貴様…」
サダさんがキレた。早い!
「すいません、出発時刻が迫ってるので、先に自己紹介を。どうぞ。」
「……グラニド・ケヴィロック。」
「んじゃ次の方、どうぞ。」
ナナキは巻きに入った。
「レイネ・メラルゥナです。不束者ですが、どうぞよろしくお願いします♡」
わぁ~お。相変わらず華のある女性だ。ピリついた空気が少し和んだ気がする。
「次!」
サダさんはやはりイラついている。和んだのはナナキだけだったようだ。
ビクッとして、その隣の少女がおずおずと口を開く。
「えっと、マァヤ・マーマルクルです…。どうぞ、よろしくお願いします…。」
「よし!自己紹介は終わったな!出発だ!」
間髪入れず、サダさんが大きな声を出す。
「テレちゃん~。」
ナナキが飛空艇の天井に半分埋め込まれた球体に向かって声を掛ける。テレちゃんとは、飛空艇のメインAI、通称テレトルツーのことだ。
「問題ゴザイマセン。イツデモ出発デキマス。」
「では、発ッ進!」
サダさんが声を張り上げる。ブリッジ内が一瞬静まり返る。
「発進どうぞ~。」
ナナキが気の抜けた号令をすると、ブリッジの白い床に緑色の光の模様が浮かんで鼓動するように輝き、大気を震わせる音高周波音とともに機体が振動を開始する。
テレトルツーは基本的に、艦長か、艦長本人から指示を任された人物の命令しか聞かないようになっている。
飛空艇は平行を保ったまま上昇しつつ進行方向へと角度調整がなされ、メインエンジンが点火される。それと同時に、本体上部に付いている翼が大きく展開した。白鳥の翼をシンプルに幾何学化した感じのシルエットだ。
いよいよ、空の旅の始まりだ。
ナナキ一行の目的地は、現在地より東にあるアジャーノという島だ。最速で真っ直ぐ飛べれば丸1日程度の距離だが、この世界では島が散り散りに浮いているため、空といえども真っ直ぐ進めるわけではない。
また、空の高高度にはノイズストームという魔法磁気を帯びた層があり、今の人間の技術ではそこを通ることができないそうだ。万が一にも踏み入ってしまえば、直ちに飛空艇の全機能が停止してしまうらしい。
アジャーノに行くまでには危険地帯がそこそこあり、迂回したり、天候のタイミングをうかがったり、ゆっくり慎重に進まなきゃいけなかったりで、結局到着まで最低でも1ヶ月はかかるそうだ。さらに、東方面の人々はマナラインの設置に消極的で、今回設置に同意してくれたアジャーノ島への中盤以降の航路上には、マナラインの設置済箇所がほとんどないらしい。その上、旅の終盤に至っては未開でバラバラな無人島が多く、その周囲に至っては転送システムも完全に使えなくなるそうだ。因みに、転送システムが使えない範囲は、一定距離内の飛空艇同士以外は通信もできないそうで、航行の安全がほとんど保障されていないとか。
果たしてそんな所に、空の旅初心者どころか、小学生以下の知識の艦長有する飛空艇が無事に辿り着けるのやら……。ナナキとしては、お先真っ暗といったところである。
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