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「失礼致します。」
コツコツという耳に心地良い音と共に、セクシー系のスタイル抜群な、豊満なバスト&魅惑のヒップを兼ね備えたお姉様が、面接室に現れた。わぁ~お。
顔も見目麗しく、黒と深い赤紫のグラデーションがかった光沢ある長い髪が美しい。
「レイネ・メラルゥナです。本日はお世話になります♡」
わぁ~お。心なしか、とても良い匂いが漂ってくる。
「これはどうも、メルケルさん」
「メラルゥナよ♡」
わぁ~お。
「なるほど、では早速ですが、あなたの特技はなんですか?」
ナナキはセクシー女性を前に、IQが激しく低下していた。
「まぁ、最初に特技を聞くのね。そうねぇ、人と交渉するのが特技かしら♡」
こうしょうかぁ~。ナナキは下半身で物事を考え始めていた。
「せいこうしー…成功した事例をお聞かせいただいても?」
ついアウトなことを口走りそうになるが、うまく誤魔化せた。危ない危ない。
「成功……実務実績ってことでいいかしら?」
「もちろんです。」
「経理・法務等に関するお仕事なら一通り経験しております。前職では、秘書として、社長の身の回りのお世話をさせていただきました♡」
わぁ~お…サラッと言ってるけどこの人、普通にすごい人だ。ナナキは背筋を伸ばし、正気を取り戻した。
「へー、すごいですね。今回はどうしてこちらに応募を?そっちのお仕事の方が良さそうな感じがしますが…。」
「確かに、お給料や条件はとても良いのですが、このスキルを活かした、もう少しロマンのあるお仕事をしたくなったのです。」
「浪漫か~。浪漫……あるかな?」
「ありますよ♡飛空艇で島々を渡るなんて、ロマン以外の何者でもないです♡」
「そうかな…泥臭そうなイメージだけど…。」
ナナキは飛行船の狭くて汚いキッチンにオッサンがひしめく様子を思い浮かべた。
「あら、貴社の飛空艇は美しいボディと内装、個室や各種設備も整ってらっしゃるじゃないですか。きっと快適ですわ♡」
ナナキの中の飛空艇のイメージは、どちらかというとスチームパンク寄りの茶色っぽく油っぽい飛行船だった。美しいとなると、某RPGゲームの新しめのナンバリングに出てくるような飛空艇のイメージか?想像してはみるものの、サッパとわからん。なんせこの世界の技術レベルが謎すぎる。資料にあるかな?
「そうですね、飛空艇は危険な場所へも行く可能性がありますが、その辺はどうですか?」
「問題ありません♡むしろそっちの方がロマンがあって素敵ですわ♡」
全く動じない。もしかして、見た目に反してすごく男っぽい方向の浪漫を求めてるのかも?
「そうだなぁ……飛空艇のメンバーには、どんな人がいてほしいですか?」
とりあえず、今のところ女性面接者が続いてるので、女性視点の意見を求めてみる。
「私は、どんな方でも気にしません♡私以外全員男性でも問題ないです♡」
…そうなったら想像するに、男どもは殺し合いを始めるんじゃないか?一人の美しい女性を巡って飛空艇デスマッチ。飛空艇のテッペンでカード勝負ともいかないだろう。やはり男女のバランスは考えた方がいい。可能なら全員女性とか。それなら、一生飛空艇暮らしでも悪くない。
「わかりました。ありがとうございます。何か聞きたいことなど…」
ありますか?と言いかけて、自分に答えられることがほとんど無い、と察した。アカン。
「……ありますか?私について。」
矛先を自分に限定する。少なくとも、自分は人間だ。人間の雄なんて、異世界だろうと考えてることはだいたい同じだろう。何も知らない仕事内容や世界情勢について聞かれるよりはなんぼかマシなはずだ。そうであってくれ。
「まぁ!フフフ♡そうね、でしたら……あなたの好物は何かしら?」
うわ~~~お。ハニートラップきた~~~。この世界の食い物なんて知らんて!こっち来てからまだ水しか飲んでないて!…いや待て、人間が人間である以上、猿を経由して進化してるはず。少なくとも猿以外なら見た目に他の特徴が表出しててもおかしくない。ということは、ナッツや果物、穀物類は食べるだろう。ただ、それらの類の固有名詞はわからない。あとは、そのへんを発酵させた酒はありそうだ。肉を焼くだけの“焼肉”もあるだろう。ただ問題は、地域性で食べない物とか宗教的タブーの存在だ。かと言って、食べ物を避けて「あなたです」なんて答えた日にはセクハラ発言で豚箱真っしぐら!…セクハラの概念があるかも知らんけど。とにかく、ここは抽象的な言い回しで安全牌を取ろう。
「そうですね……おつまみ系全般が好きですね。」
“おつまみ”は酒の共だが、フィンガーフードという意味では酒と一緒に食べるとは限らない。しかも内容は想像する側に委ねられるから、これなら地域性も宗教系も回避できるはず…!
「あら♡では、お酒もよく飲まれますの?」
酒はアリなのか。乗っかるのは良いとして、さらに銘柄とか聞かれたらアウトだ。次のやり取りで無理矢理終わらせよう。
「ええ、好きですよ。ですが、あなたと一緒でしたら、飲んでいるのが水でも気づかないかもしれませんね。」
キリッ。臭いセリフと、二度目の登場、少女漫画のわざとらしいイケメン風キメ顔でフィニッシュ。さっきの女の子もこれで笑ってたから、今の自分の顔面偏差値はジョークレベルのはずだ。これで相手も絶句して二の句が継げまい。
「……フフッ…。……www。す、素敵なお言葉…ありがとうございます…w。」
絶句というか、思いのほかお姉様のツボに入ったようだ。上流社会にいそうなエレガントな女性にとって、このヤバさが逆に珍しくて刺激的(笑)だったのかもしれない。
「おっと、そろそろ良い時間ですね。本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございました。次お会いするときは、私の方からご指名させていただきますね。」
ナナキは役になりきっていた。もはやヤケクソだ。
「フフッ♡私も、あなたにご指名いただけることを願っております♡それでは、本日はお時間いただき、ありがとうございました♡」
「こちらこそ、ありがとうございました。」
ビューティフルレディーは、再びコツコツと響きの良い音を立てて、面接室を後にした。
彼女が退室すると、全身から力が抜け、溶けるようにズルズルと姿勢が崩れる。
………はぁぁぁぁぁ。ナナキは深く長い息を漏らした。
慣れない世界、慣れない体、慣れない仕事。一体いつまでもつのか……。
その後もそれなりの人数を面接したが、キャラがやたらと濃かったのは最初の二人だけだった。
そして、面接者の話を聞いたり、資料を読んでわかったことがいくつかある。
まず、飛空艇には“ゴーレム”という、いわばAIを積んだロボットがいて、指示をすれば身の回りの世話や雑務をしてくれるらしい。飛空艇の整備や調整も、飛空艇に積まれたAIやゴーレムたちが処理してくれるようだ。なので人間のメインの仕事といえば、訪れた先の島で行う対人関係の業務や、AIにできないトラブルの解決が主となる。それと、目的地の設定と航行プランの選択になるが、これはAIの提案から選べばいい。あとは、AIにできない機器類の調整をできるエンジニアが必要になる。マナラインの設置もほぼ自動だ。
そんなわけで、飛空艇には輸送の知識のない社員でも平気で乗せれるようだ。そのくせ乗員全部を社員にしないのは、簡単にマナラインを設置できる島はおおよそ設置済みで、残るは遠い島や、重度断絶地といった何かしらの危険が伴う面倒な島ばかりだからのようだ。つまり、やりたがる社員が少ないのと、なにより、会社は正社員を危険な目に合わせたくないのだろう。保証やら企業イメージやら労働基準法やら、色々ありそうだし。会社ってのは、アッチもコッチもややこしい。
せっかくなら悩みのない生物に転生したかった。心からそう思うナナキであった。
今日の分の残り面接者はあと一名だ。
仕事が終わったら、家に帰らなくてはならない。家の場所も同居人の有無も不明だ。
あと、“自分探し”とやらをした方がいいのかもしれない。つまり、この身体の元の持ち主……この場合人格というべきか、それとナナキがこの世界に来た理由や理屈、帰る方法なんかを探す、とか。だいたい異世界に行った創作物の主人公はそうすることが多い。そもそも何をすべきかわからないし、それくらいしかすることがないとも言える。
……いや待て。そんなこと気にせず与えられた人生を謳歌する主人公も結構な割合でいるんじゃないか?少なくとも、七旗丈助はここに来る前の人生ではちっともそんなもの探さなかった。
というか、生きてることや自分の存在に疑問を持って本気で自分探しをする人間ってのは、実際どのくらいいるんだろう?個人的には、そんなことするだけ無駄だと思ってしまう。それは考えるまでもなく人生の目標があるからとか、自分が自分であることに疑いなく自信があるからとか、そんなものじゃない。自分は産まれてから今まで何かの主人公だったことはないし、例え誰かの人生のモブ役ですら荷が重く感じる。それくらいナナキは自分の価値に自信がない。ただそれだけだ。
そんなことを考えていると、ナナキは頭の中にモヤがかかったような、重い何かがのしかかってきたような気分になった。今のナナキの状況はかなり特殊で、ある意味ヒロイックだが、結局のところ中身は七旗丈助だ。この世界に慣れたら、また同じことを繰り返すロボットのような人生に戻るだろう。
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